104 驚きの同乗者
「エーレ様!」
馬が走り込んで来る音と、ヒューバートの声が聞こえた時、エーレはキャロルから腕を離すと、
「あっ…エーレ、風邪引くよ?私は――」
「俺より、君だよ。急いで馬車を追いかけたんだろうとは思うけど、コートも羽織らないで。それに……その…前が……ね」
途中で、物凄く言いづらい、と言った口調になったエーレに、キャロルはようやく、自分の上着がユリウスの剣で破れていて、中の白シャツが
「あっ……」
しかも、肩の包帯があるため、首元を圧迫しないよう、クルーネックではなく、V字の白シャツだったため、角度によっては――胸の谷間が、垣間見えている。
「…俺は…良いんだけど……ヒューバートやルスランには、ちょっと…見せたくはない、かな……」
「――っっ⁉」
いや、エーレでも、良くは、ない。
キャロルは耳まで真っ赤になって、エーレの
「エーレ様、これは……」
追いついて来たヒューバートが、辺りを見回して、言葉を失くしているのを背中に感じたエーレが、淡々と事実を告げた。
「ここで、馬車を足止めしていたキャロルとユリウスが、争っていた。キャロルはそもそも怪我人だ。雪にも不慣れで、一概に有利とは、言えなかった。だから俺が、二人の間に割って入った。ユリウスを手にかけたのは――俺だ」
エーレの
「エーレ様!」
そして、ヒューバートのすぐ後に追いついて来たルスランは、横倒しの馬車の中を調べようとして、驚いたような声を上げた。
「エーレ様、馬車の中に、
「……何?」
「馬車が横倒しになった際に、怪我をされたのかも知れませんが、息はおありです。どうなさいますか、宮殿に運ばれるか、あるいは――」
「キャロル様っ!」
ルスランの言葉が、最後まで発せられない内に、別の声と、馬が走り込んで来る音が、そこに割り込んで来た。
「……ヘクター?」
「キャロル様、公爵邸の侵入者は、全て押さえました!『雇い主』も押さえられたなら、共に尋問をすると、公爵閣下が――キャロル様、もしやお怪我を⁉」
ヘクターは地方村の出身であり、馬を乗りこなす事に関しては、侯爵邸内でも一日の長がある。
「……ユニちゃん?」
実は最初はヘクターは、徒歩で公爵邸を飛び出し、馬車の
ヘクターの乗馬の腕と、キャロルへの忠誠心を、
雪の積もる地面に座り込んだまま、男性物の
「あ…ううん、これは大丈夫。ちょっと服が破れて、羽織る物を借りただけだから……。ユニちゃん、ありがとう。ヘクターを連れて来てくれたんだね」
そんなキャロルに、柔らかい微笑を向けていたエーレだったが、不意に表情を引き締めると、キャロルの護衛、ヘクターに視線を投げた。
「ヘクター、だったな。すまないが、公爵邸に戻って、人を寄越させて欲しい。あの馬車の中には、フェアラート公爵がいる。恐らくは、エイダル公爵が言うところの『雇い主』だ。尋問には、私も立ち会うと、合わせて伝えて欲しい。それと――
ヘクターは、レアール侯爵邸で、エーレに会った事はあれど、第二皇子であるユリウスとの面識はない。
エーレの言葉に、大きく目を見開いて、雪の大地に横たわる人影に視線を向ける。
エーレ自体も、キャロルの護衛として、
「ヘクター、あと、お父様には……私も大丈夫だって、伝えて?ちょっと肩が痛むだけだ、って。来てくれた早々に、引き返して貰うのも申し訳ないんだけど」
雪の上に座り込んだまま、キャロルもエーレに追随するように、
「……それは…ですが……」
「彼女の事は、私が見ているよ。レアール侯爵にも、そう伝えてくれて構わない」
エーレが更に言葉を重ね、自分が乗っていた、馬具が装蹄されている馬まで差し出されては、ヘクターとしても、居残りを抗弁出来よう筈もない。
諦めて、元来た道を引き返すしかなかった。
* * *
「キャロル。料理長が、おまえに…と、チョコレートドリンクを作ってくれたそうだ。外の雪で身体も冷えているだろうから、と。ダイニングルームに行けば、すぐに用意してくれるだろう」
エイダル公爵邸に戻り、服を着替えたキャロルが、階下へと再び下りると、玄関ホールで、捕らえた襲撃者達をひとまとめにするよう、公爵邸の護衛達に指示していたデューイが、気付いてそう、声をかけた。
「我々臣下の身では、
エーレの即位式典がまだであり、ミュールディヒ侯爵家が、レアール侯爵家に、イルハルトと言う刺客を差し向けた事に関しても、明確な関連の証明と断罪が未だである以上は、フェアラート公爵の立場は、今も「皇弟殿下」と言う事のようだった。
そのフェアラート公爵は、馬車が横転した衝撃で、脳震とうを起こしていたようだったのだが、今はもう、意識を取り戻しているらしい。
「そう…なんですね」
「肩は大丈夫か?公爵からも、具合が悪いようなら、
「あ…はい。
「そうか。なら、ダイニングルームで待っていてくれ。すぐに私も行く。分かってはいると思うが…おまえにも、聞いておきたい事があるからな」
「分…かりました」
頷いたキャロルが、肩を
どうやら、先陣切って階段の手すりを滑り下りて行ったのを、見ていた者が複数いたらしかった。
あんな子供じみた所を見られていても…と、キャロルは苦笑しか浮かばないのだが、