77 連携の形
「ルフトヴェーク公国って、やっぱり北の国なんだねぇ…もう、吐く息が白く見えるよ」
翌朝。
今日明日にも、イルハルトが来るかも知れないと分かっていて、じっとしていられなかったキャロルは、朝からロータスに、使用人全員を中庭に集めさせていた。
全く戦えない人たちには逃げ方を、
この一週間、死ぬ気でここを守り通せと――そう、言い切って。
ちなみにロータスだけは、デューイの出立準備等の事もあり、ここには不参加だ。
「キャロル様……」
手合わせをした護衛担当がほぼ全員地に沈んでもなお、息一つ乱さないキャロルに、ランセットが乾いた笑い声を上げた。
ひとり爽やかに天気の話をされても、周囲からは浮きまくりだ。
護衛担当達は再戦希望のやる気に満ちており、それ以外の使用人達は、驚きと尊敬の眼差しでキャロルを見つめている。
ちなみに、意地でも地面とキスするような醜態だけは晒さなかったものの、それでもヘクターは剣を叩き落とされ、ランセットは喉元に剣を突きつけられる形で、完敗している。
「やあ…でも、ランセットもヘクターも、確かに以前より強くなったと思う。今なら近衛隊の3番手あたりとは、良い勝負になるんじゃないかな?」
「3番手、ですか」
「
ランセットの、一瞬の、悔しそうな表情が見えたのだろう。ふふ…と、キャロルは
「私の無謀は看過出来なくとも、私が『やれ』と言う事には、否とは言わない…って、最後まで、私が
「…それで、どうやって説得を?」
「近衛だろうと国軍だろうと、結局は武官だから、
要は一騎討ちね、とキャロルは言い、尋ねたヘクターは僅かに顔を
「とは言え、勝って私を止めたかった訳だから、多分、めちゃくちゃ怒ってたと思う――自分自身に対して、ね。お互い譲れない物があった以上は、しようがないんだけど。後を任せても大丈夫と思える、私には過ぎた副長だよ」
「……我々も」
「うん?」
「我々もいつか、そんな風に信頼を寄せて頂けるようになりたいと思います」
唇を噛み締めるランセットに、キャロルが
「近衛隊はね、5番手くらいまでは、私に言いたいことを言ってたかな。あぁ、もちろん悪口とかじゃなくて、警備とか、そう言った面に関してね。無謀は看過出来なくとも云々…って言う副長の考え方を、幹部皆が実行してたんだよね。私は、それが凄く心地良かった。だから…仕えてくれると言うのなら、二人も、そうあってくれると、私は嬉しい」
「―――」
「あ、その究極形って、実はロータスかも知れない。
「ブレない……」
「我々にはまだ、ロータス執事長すら高い壁です……」
悄然としている2人の肩を、ポンポンとキャロルが叩く。
「あのロータスが、自分とやり合えるって言い切っただけでも、凄いと思うよ?そんな二人が、父よりも私を選んでくれるなんて、こっちこそ『何で?』って感じ。まあでも、そこは今更『ありがとう』以外ないから、その先の事は、生き残ったら一緒に考えていこうよ。どう言う距離感が
キャロルは、敢えて「生き残ったら」と、口にした。
父は「勝ち残れ」と言うが、当面は、現実的な方向で考えておくべきと、キャロルは思っている。
「とりあえず、二人の動き方やクセは、何となく分かった。二人も、自分がやりながらでは難しかったと思うから、午前中は、私の動きをひたすら見て、クセとかタイミングとか、何となくでも良いから覚えてくれないかな?」
「キャロル様のクセ、ですか?」
「うん。正確には、私の間合いや打ち込みに、入って来られるようになって欲しい。でないと、いくら三人で
「連携……」
「他の護衛のみんなとは午前中だけで、午後からは私達三人で実践。ヘクターと一対一の時には、ランセットが入って来る練習で、ランセットと一対一の時は、ヘクターが入って来る練習…的な?とりあえず三人で続けざまに、イルハルトに打ち込めるようになりたい。私が3~4手、二人がそれぞれ2手くらい受け流し続ければ、さすがにそのうち隙が出来ると思うから、それで、隙が見えたと思ったら、誰でも良いから見逃さずに打ち込んで欲しい。多分、二度も三度も隙は生まれないと思うし」
キャロルは一晩悩んで考えた、二人の「使い方」を、初めてここで口にした。
力において及ばない以上、とにかく、休みなく攻撃を仕掛け続けるしか術はないと思ったのだ。今更飛躍的に力がつくような、◯◯の実…的な秘薬がある訳でもない。
「三人で
「もっと言えば、途中で一人欠けても二人欠けても攻撃の手は止めない事…かな」
ランセットの呟きに、キャロルが更に言葉を添えた。
「悔しいけど、私がイルハルトに及ばない事実から、目を背ける訳にはいかないから。巻き込んじゃうランセットとヘクターには、ホントに申し訳ないけど、無傷で済む筈ないとも思ってる。大なり小なり怪我はあると思うから、先に、そこで攻撃の手を緩めない覚悟だけは持っていて欲しい」
そこまで…との声が、地面に突っ伏したままの護衛達の方からあがる。
そこまでなのよ?と、なるべく悲壮感は押さえつつ、それでも深刻さは隠さずに、キャロルは返した。