73 お父様、抗議します
レティシアが気合を入れすぎた
キャロルがアデリシアへの報告の為に飛ばした鳩も含めると、三羽もの鳩が、アデリシアに向けて飛ばされた事になる。
白隼は一羽分に収まり、鳩とは時間差で、飛び立って行った。
だが、それがほぼ同じ方向に向かって飛んで行ったのを知る者は、誰もいなかったのである。
――その後は、キャロルとロータスは1ヶ所しか〝宮廷ルート〟の宿を利用せず、ディレクトアを出た。
なるべく、どこへ向かったのかを知られる危険は避けたかったからだ。
そしてルフトヴェークでも、今回はキシリーの街に泊まって、先触れを出す事はしなかった。その使者が襲撃者方の手に落ちて、情報が漏れる事を危惧したのだ。
だからレアール侯爵邸の玄関ホールに辿り着いた時、使用人達も、ざわめきに気付いて執務室から出て来たデューイも、目を見開いて、言葉を失っていた。
「お…まえたち…何故……」
「ご無沙汰しておりました、お父様。いきなり勝手に
「事態を斜め45度飛ばしたのは、他でもないキャロル様です。が、他は概ねその通りでございます、デューイ様。キャロル様共々、後で
立て板に水の如く、それぞれに言葉を紡がれ、デューイは盛大に顔を
「……っ…カレルと…デュシェルは……」
「クーディアの商業ギルド長で、一代貴族でもあるジルダール男爵の領地屋敷で、今はお世話になっています、お父様。ギルドの護衛訓練を兼ねるような所ですから、基本的には心配ありません」
「そ…うか……。いや、あの二人の安全が当面保証されるなら――良い。何となくおまえたちは、その枠に収まらない気はしていたしな……」
そのまま、諦めたようなため息を吐き出す。
「聞こう。どうやら我々は、話のすり合わせが必要そうだ」
「かしこまりました、デューイ様。では、ヘクターとランセットも、執務室に呼んで宜しいでしょうか。彼らを――
執務室に戻るべく、身を翻らせたデューイの足が、一瞬、急停止した。
「……何?」
「お話しは、
「………」
執事の前に、侯爵が折れる。
レアール家の日常が、そこにあった。
* * *
「…斜め45度……そうだな…確かにそのくらい、事態が飛んだな……いや、元はと言えば、私が皇弟殿下に楯突いたせいか……」
「いえ。私自身は、お父様に感謝しています。どう頑張っても、第二皇子の妃とか、無理ですから」
あんな、頭でっかちのお坊ちゃんの相手なんて、無理!と、心の声のつもりが、駄々漏れだった。
慰めではなく、本気でそう言っていると察したデューイも、ややホッとしたように微笑んでいる。
「おまえは…エーレ殿下が、監察官としてお調べになられた書類を、活かしたいんだな」
問われたキャロルが深く頷いて、ロータスに預けていた、ヤギ皮封筒を持って来て貰って、中身をデューイへと見せた。
「これは、写しです。原本は、今頃アデリシア殿下の元に届いていると思います。他ならぬ――
「本人⁉エーレ殿下は、ご無事なのか!」
「入れ違いになってしまいましたが――意識が回復して、動けるようになったと、聞きました」
「キャロル……」
キャロル自身は平静を装っているようだが、声が嘘をつけずにいる。
デューイの表情から、ふっと笑みが消え、視線が真っ直ぐ――娘を捉えた。
「エーレ殿下のお怪我に関しては、私が
「お…父様……」
「私は特に、おまえの存在を
「………」
いつかの母の言葉を、父自身が肯定している。
「だから私は、エーレ殿下に直接声をかけられて、頭を下げられた時だけは、
キャロル、と柔らかい声が、鼓膜をくすぐる。
「私は…エーレ殿下からのお話は、お受けしても良いのか?おまえの気持ちを…聞かせて欲しい」
「…私の…気持ち……」
言葉が出て来なくなったキャロルに、ため息と共に助け船を出したのは、ロータスだった。
デューイ様、とやんわり会話に割って入る。
「キャロル様は、3歳の頃に私が初めてお会いしてから、ご自身の望みを、ほぼ口に出された事がありません。気持ちを口にするよりも、中に仕舞い込んでしまわれる
「…っ。いや、しかし……」
「そもそも、エーレ殿下とキャロル様は、ルヴェルで別れられて以降、この4年半、一度も直接言葉を交わしていらっしゃいません。全て手紙だけのやりとりと聞いています。そのお話をされるのであれば…まずは当事者同士で話をされた方が良いのではないかと」
反論出来ずにいるデューイに、キャロルもハッと顔を上げる。
「話…は、したいです。お父様」
「キャロル」
「私は…エーレ〝殿下〟を知りません。私が知っているのは、エーレ・アルバート〝首席監察官〟です。私には…まだ、その差を埋める勇気がありません。直接話をすれば、何か変わるかも知れない。でも…時間が、欲しいです」
それは、ほぼ、話を受けても良いと言う「答え」なのではないかとデューイは思ったが、ロータスの言う通り、自分の望みに、無意識の内に蓋をしているのであれば、さもありなん――とも思えた。
「分…かった」
「お父様。いずれにしろ、まずはイルハルト、彼の動きをここで止めないと、その先の話なんて、出来ません。私はディレクトアで、
「イルハルト…ミュールディヒ侯爵家最強の、お抱え護衛と言われている男だな。表に出せない事件のほとんどは、その男の仕業だとも」
「やっぱり、
「どんな筋だ。公式行事以外
「……な、なるほど」
どうやら、
と言うか、以前ルヴェルでイルハルトに遭遇した事が、筒抜けになっている。
「
「デューイ様『無駄』は余計です」
「たまに『どこを目指しているんだ』と思う時があるぞ」
この時は、ロータスよりもデューイに賛同したくなったキャロルである。
「キャロル様」
「はいっ⁉」
そんな内心が聞こえた筈もないのだが、思わず声が裏返ったキャロルに、ロータスが軽く咳払いをした。
「ディレクトアでお話ししていた、二名の護衛。――後ろの、彼らです」
ロータスが片手の
…どこかで見た覚えがある。
キャロルは小首を