39 その日何が起きたのか
『何をやってるんですか、
「お父様だぁ⁉」
頭を抱えたままブツブツと呟いているキャロルに、話の信憑性を察したエルフレードが驚愕の声をあげた。
カーヴィアル語を知らないにせよ、彼が何を言ったかは、ヒューバートにも察しがついたんだろう。ため息をひとつついて、キャロルと同じ目線の先にかがみこんだ。
『やっぱりか。おまえの大使館職員としての名前が〝レアール〟だって時点で、確信したわ。もっともエーレ様は、俺なんかよりも遥かに前から気が付いてたみたいで、レアール侯爵と、いつだったか、式典行事の後に立ち話をしていた事がある。それは俺も見てる。俺なんかは今回の事がなければ、その「レアール侯爵の娘」と、おまえが繋がる事もなかったけどな』
『今回の…事…?』
『娘可愛さかどうかは別にしても、レアール侯爵がした事は、不敬罪と言われても仕方がなかった。
『手打ち⁉』
『エーレ様は、それを
『な…っ⁉』
ヒューバートの言葉が、キャロルの心に刃となって突き刺さった。
息を呑んだきり――声も、出せない。
『皇弟殿下は焦った。いくら皇弟殿下と言えど、理由なく第一皇子を斬って良い筈がない。焦った結果、エーレ様の指示で、レアール侯爵が娘を第二皇子に嫁がせて、内側から派閥を崩そうとしたんだと、話をすり替えた。それを確かめるために、レアール侯爵を挑発した。エーレ様がレアール侯爵を
本人のいないところで「レアール侯爵令嬢」の名前が、公国内で独り歩きをしていた事を、キャロルは突き付けられた。
ヒューバートは、絶句するキャロルを見つめたまま、淡々と話し続ける。
『表向きは、エーレ様もレアール侯爵も、謁見の間を騒がせた
ヒューバートの「まだ」と言う言葉に、呆然としていた、キャロルの目の焦点が、ヒューバートを捉えた。
『エーレ様やレアール侯爵が、
『……お父様……』
どこまでもデューイらしいと、キャロルは思った。そんな状況ではないのに、苦笑せざるを得ない程に。
それだけ自分の生き方を、認めてくれていると言う事だろう。
『何を言ってるんだと最初思ったけどな。自分で何とか出来るのが、私の娘だと、
そう言ったヒューバートは、しゃがんでいた姿勢から、更に正座の態勢に切り替えると。両手の拳を膝に乗せて、深々と頭を下げた。
『頼む、俺や部下が
『………』
キャロルは、しばらくジッと、ヒューバートを見つめていた。
そうしてどのくらいたったのか、さすがにそろそろ、口を挟んでも良いだろうかとエルフレードが思い始めた頃、おもむろにキャロルが立ち上がった。
『
『あ、ああ』
典礼省が誇る、鉄壁無表情の次席書記官が、さすがに動揺を隠しきれていない。
だがキャロルは、そんなクルツの動揺には気付かないまま、紙とペンを受け取ると、遺品の山が乗る机の端で、立ったまま、サラサラと何かを書きこみ、その紙片をヒューバートへと手渡した。
『これは……?』
『ここなら、しばらくは静養出来ると思う。この大使館で…くらいには思っていたんだろうけど、
『……良いのか?』
そう言いながらも、ヒューバートの手は、紙片をしっかりと握りしめたままだ。
返さない、とでも言うように。
『後で手紙も書くから、一緒に持って行って。まぁ…紹介状みたいなものだと、思って』
『俺が言うのも何だが…それは、大丈夫なのか?危険がないとは言い切れないし、いや、もちろん何かあれば全力で
不安げに問いかけるヒューバートに、キャロルはゆっくりと、首を横に振った。