35 略して師匠?
『まずは話をする前に、その、お探しの方の持ち物だと、断言出来る物は、この中にありますか?それによって、ご質問にお答え出来る内容が変わりますので、よく、ご覧になって下さい」
『………』
招かれざる客2人は一瞬顔を見合わせたが、〝
『!』
やがて何歩もいかない内に立ち止まり、恐る恐る1本の短剣に、手を伸ばす。
『……あれを、手に取らせても?』
『いいですよ。それで何か分かりそうなら』
〝
『!これ…この、
その瞬間、青年が大きく目を見開いた。
『ハシェス』
『鞘と…刀身の、峰の部分にそれぞれトレーテン家の家紋があります。間違いなく、兄の――リュッケ・トレーテンの、
『だ、そうだが?』
『――そうですか』
チラリと〝
手にしていた短剣の切っ先を、キャロルの方へと振りかざす。
『この…っ』
「おぉ、気の短いヤツだな」
キャロルは一歩も動かなかったが、代わりにエルフレードが扉の前から離れて、キャロルの前に飛び込むと、手にしていた自らの剣でハシェスの持つ短剣を叩き落とした。
『動くな――とは言わないぜ?話がしたいと言っているのは、俺じゃないからな』
『く…っ』
微妙なセンテンスの区切り方になっていたが、意味は通じたらしい。長剣の切っ先を突きつけられたハシェスが、口惜しそうに唇を噛みしめている。
『ハシェス、気持ちは分かるが、落ち着け』
『しかし、
足元に転がった短剣を、拾ったのは〝
そのまま机の上に置いて、キャロルとエルフレードに視線を投げる。
『…我々の答えに応じた回答がある、と聞いたように思うが』
『はい。少しお待ち下さい。…「オステルリッツさん」』
キャロルの呼び声に、オステルリッツがハッと顔を上げてキャロルの側へと近づく。
「
「…あの
そう言って、キャロルはテーブルに置かれた短剣を指さす。
オステルリッツは一瞬、剣に視線を投げ――そして、表情を曇らせた。
キャロルの耳元で、他には聞こえないように、そっと囁く。
「あれは……大使館職員ではなく、我が駐在官邸に駆けこんで来て、この事態を最初に知らせてくれた、侍従武官の方の物ですね」
「…うわぁ」
よりにもよってか…と、キャロルは思わず右手で額を覆った。
この部屋には、大使館職員が殺された事しか知らず、ルフトヴェーク国内での騒ぎについては、知らされていない者も複数いる。
『――あぁ⁉』
「⁉」
オブラートに包んだ答え方を模索していたキャロルに、突然〝
『4年半たっているとはいえ、すぐに気付かなかった俺も大概だとは思うが!』
『………はい?』
『いつから、ルフトヴェークの大使館職員になったんだ?初耳だなぁ――
キャロルを見る目が
――ビリビリと、周囲を威圧する空気に。
『…っ』
ハシェスに剣を突きつけたままのエルフレードが、キャロルの剣を今、自分が左手に持っている事に気付いて顔色を変えたが、一方のキャロルは、全く動じていなかった。
むしろそれで、目の前の人物の素性に気付いたと言わんばかりに、顔を
『……道理で、私の剣が片手で止められるとか、おかしいと思ったー…って言うか〝
『…っとに、相変わらず良い度胸してやがるな……ちったぁ、ビビれ!っつーか、ヒューっちは止めろ!師匠と呼べっつってんだろ⁉』
『だって、まだほとんど何も教わってないのに、師匠も何も!』
『未来の師匠、略して師匠で良いだろうが!』
『良くない‼』
『……っ』
先刻までの会話がエルフレードにも聞き取れたのは、互いに教科書にでも出てくるような、外交の場や宮廷において多用される、公用の単語でのやりとりだったからである。
現在進行形のこの会話に関しては、
『……あの、
ただ、ハシェス青年の困ったような声に、2人ともが、ハッと我に返る。
『ああ、悪かったハシェス。リュッケの話が先なのは、もちろん分かってる。ただ、我々の
『えっ⁉』
目を見開いたハシェスに、『ああ、ちょっとストップ』と、キャロルが片手を上げた。
『まず、ここでの私はカロル・レアール。大使館職員です。――そう言う前提で、話を聞いて貰えますか』
『は⁉何言ってんだ、お嬢ちゃん』
『ヒューっち、標準語崩れてる』
『誰が崩させて…って、ああ分かった、まずは話を聞く。先ほどの「リュッケ・トレーテンと言う男が、ここに来たのか」と言う話の回答も、併せて聞けると言う事で良いんだろう?まあ、来ていなければ、あの
やや挑戦的な視線を受けたキャロルは、ほろ苦い微笑を見せる。
『……その答えは多分、あの並べられた品物の中に。そちらの方は、良ければもう少し探してみて下さい。バレット卿、剣を引いてあげて頂けますか?』
『良いのか?そっちのヤツとは顔見知りだったようだが、だからと言って、
『多分、こちらの将軍サマが、その点は責任をとって下さる筈です』
『……将軍?』
2人がカーヴィアル語を解さないと見たエルフレードも、キャロルに合わせて、片言のルフトヴェーク語で、
『本人は、そう名乗ってます』
『お嬢…カロル、てめぇ…』
『もしもし、威厳忘れてるー』
エルフレードは、まだ剣を引いていない。
青年は、軽く咳払いをすると、エルフレードの方へと向き直った。