1 こうして剣姫の章は始まった
大雪予報が出ているからと、部活は中止。授業も短縮されたし、明日も臨時休校だと言う。
今日は剣道部の、次の試合に出る代表を決める日だった。
朝から神棚にお祈りしてまで学校に出てきた、
「……本借りて帰るかぁ」
通っている高校は、文武両道がモットー。
運動部への入部が絶対条件である事に加えて、入学試験の面接テーマが「自分がこれまで読んできた本について」だと言うのは、既に全国にも知られた、名物入試だ。
当然、部活が中止になっただけで済む筈はない。最低2冊は、図書室で本を借りて帰る、図書室の蔵書を読み尽くした生徒に関しては、教師が私物を並べている、臨時書庫から借りる――と言う課題付だ。
「あの本、続きあるかな…」
〝エールデ・クロニクル〟
原案・
活字に触れる事が大事だと言う学校の方針上、過激なR指定作品を除いては、学術関連から絵本に至るまで、各種取り揃えられているこの図書室に、ファンタジー小説が陳列されている事自体は、それほど珍しい事じゃない。
入学間もない頃に、その本を図書室で目にした時は、まず装丁の綺麗さに
読み進めていけば、それは日本の平凡な女子高生だった、シホと言う名の少女が、紅い月を仰ぐ、エールデ大陸と呼ばれる異世界に突然飛ばされながらも、自らの夢を気丈に追いかけていくと言う物語だった。
〝私はフラワーデザイナーになりたかった。生きる世界が変わったくらいで諦められる夢じゃない〟
入学直後、部活で試合に勝てずに落ち込んでいた
まず、異世界に飛ばされたシホを待っていたのは、その時点からではなく、赤ん坊からのやり直し人生だった。
エールデ大陸の北、ルフトヴェーク公国にある、レアール侯爵家お抱え庭師の娘カレル・ローレンスとして、新たな生を受けたシホは、物心つくと、前世の知識を活かして、プリザーブドフラワー、ハーバリウムと、大陸には存在しなかった技術を次々持ち込み、主家たるレアール侯爵家の財産と、侯爵家の公国での立場を爆上げしはじめる。
最初は「たかが花」と、尊大だった次期レアール侯爵デューイが、少しずつシホ
どうやらその時手にしていたのは物語の1巻だったらしく、話は侯爵家の正室を狙う伯爵令嬢と、カレルが生み出しているフラワーアレンジメントの利権を、カレルごと狙う令嬢の兄が、結託して何やら企もうとしていたところ、そしてそんな不穏な動きを知らないまま、カレルとデューイが結ばれる――そんなところで、終わっていた。
うそーっ‼と叫んだところでどうにもならず、この10ケ月ほど、続きが気になって悶々と過ごす羽目になっていたのだ。
これだけ面白いのだから、と部活やクラスの友人たち、果ては担任にまで、この異世界版シンデレラ物語を熱く語ってはみたものの、不思議な事に
ただ、国会図書館に次ぐのでは、と言われる程の広さを誇る図書室なので、それぞれに見た事がない本と言うのは山のようにあって、私自身、最初にその本を読んでから、続編はおろか、もう一度読み返そうにも、それすら見つけられない有様で、図書室に行くたびに、思わず続編か、1巻かを探してしまう日々を繰り返していた。
(この辺だった筈なんだけどなぁ…)
そしてこの日、大雪予報のせいか、残る生徒のいない静かな図書室で「それ」は、確かに目の前にあった。
「あったー、エールデ・クロニクルっ‼」
図書室のため、気持ちは叫んでいるけど、声は囁き声だ。
それでも、10ヶ月前に私が
(1巻?2巻?どっち⁉)
「2巻ー‼」
気付けば図書室の中だと言うのに、思わずガッツポーズをしてしまった。
決まりだ。今宵、雪夜の友は、これで決まりだ。
1巻も、もう一度読み返したいところだったけれど、本棚には見当たらない。さすがにそこは、諦めるしかないようだった。
明日の朝までには一通り読み終わるだろうとは言え、確実に二度三度と読み返すだろうから、今日はこの一冊と、適当に
そのままスキップしかねない勢いで家路につくと、コーヒーとおやつと本、
「――暗殺未遂⁉妊娠⁉亡命⁉ちょっと待って、何でそんな波瀾万丈なコトになってるの、カレルぅ⁉」
そうして待望の2巻を読み進めるうち、ほぼ
伯爵令嬢とその兄が、レアール侯爵領をあわよくば自分達一族で乗っ取ろうとしてくる事は、1巻の時点で予想が出来ていた。
シホ
ただ、伯爵令嬢が次期レアール侯爵となるデューイに色仕掛けで迫っている間、兄がカレルを
この伯爵一族は馬鹿なのかと、本気で、本に向かって叫びたくなってしまった程だ。
そして更に、この兄に吹き込まれた、伯爵令嬢とデューイとの、存在しない縁談話に、平民の自分では太刀打ち出来ないと絶望したカレルは、伯爵家の魔の手を逃れたその足で、ルフトヴェーク公国から亡命してしまうのだ。
伯爵家の陰謀で、カレルの両親、すなわち庭師夫婦が既に馘首されていた事も、この決断に拍車をかけていた。
伯爵家の魔手が、馘首され、追放された両親に及ばないよう、実家とは逆方向のマルメラーデ国へと逃げたカレルは、そこで、レアール侯爵家お抱え庭師として、両親が懇意にしていた、侯爵家公認の
一方で事の真相を知り、伯爵一族を侯爵領から叩き出したデューイは、自分の子が産まれるかも知れない、と言う事実だけを知らないまま、
その一方でカレル自身は、デューイには知らせないまま、子どもを産んで育てようと、遠く離れたカーヴィアルの地で、一人、決意を固めていた。
彼女を保護した老夫婦の夫が、何とか、そんな2人の間に立てないかと、次の花卸に行くと、カレルには言いながらも、デューイに会って、カレルと子供の存在を告げようと、カーヴィアルを旅立つところで、2巻は終了していた。
「うわぁ、また、こんなところで終わってるーっ‼」
――その結果として、夜更けにも関わらず、頭を抱えて内心で絶叫する羽目に陥っていた。
「シンデレラは、童話だからハッピーエンドなの⁉貴族と平民の身分差って、実際はこんなに重いものなの⁉カレルに幸せはこないの⁉」
シンデレラは童話だ。この「エールデ・クロニクル」も、フィクションの小説だ。それでもどちらも、貴族と平民との身分差を下地にした物語だ。
ひと昔前の、西洋の貴族社会においては、もしかすると当たり前の事だったのかも知れない。
童話、小説に見る身分制度――などと銘打てば、案外面白い高校の卒業論文が書けるかも知れない…などと、チラッと思った事は、さておき。
「あ、後書きが――」
ある、と何気なく
〝ねぇ。
どこからともなく聞こえてきたその〝声〟に、いったい何と答えたんだっただろうか……?
「……あなたは、何を望んだの?後で聞かせてね」
そしてハッキリ聞き取れるようになった声に、目を開けてその主を探すと――。
「キャロル」
そこには赤子の姿をした