①
「いってきますね」
バー・ヴァルファーでの日中仕事も慣れてきた。バーの整備をしたり、食事の仕込みをしたりという裏方仕事だ。
今までも手伝いくらいはしていたのでなにも苦労することはなかった。ただ、することや携わる時間が増えただけなので。
今日は買い出しだ。隣町までではなく、すぐそこの市場まで。届けてくれる食材も多いが、香辛料や調味料など、大量消費しないものは直接買いに行く。今日もそのクチである。
ええっと、必要なのはシナモンと粉末ココナッツ……。それにカリー粉? 新メニューにカリーでも入れるつもりなのかしら。異国の料理である、カリーライス。美味しいとは聞いていたけれど、ヒットするかは少々疑問だった。
市場へ向かう道の途中。
不意に、きゃぁっと歓声が上がった。なにがあったのかとそちらに視線を向けて、サシャはびくりとする。心臓が喉から出るかと思ったくらいだ。
「王家の馬車じゃありませんこと!?」
がらがらと大きな音を立てて、馬車が走ってくる。ワインレッドに塗られて黄金の装飾が豪華な、明らかに貴族以上のお家(いえ)の馬車である。街の人々も貴族ではなく王家だと思ったようだ。
「どちらのお国かしら!」
「どうしてこんなところへ?」
道をゆく人々が騒ぎはじめる。そのくらい、この街では異彩を放つ代物であった。
サシャは動けなかった。
この馬車は見覚えがある。
だって、何度も乗ったのだ。同じものではなくとも、同じ紋章の付いた馬車に。
「王様や王子様が乗ってらっしゃるのかしら!?」
聞こえてきた野次馬の言葉に、はっとして、サシャはもう一度心臓を掴まれたような心持ちを感じた。
直感でわかったのだ。
……やってきたのは、シャイだ。