⑤
三月になってすぐに、学校の卒業式があった。最高学年であったサシャは卒業である。高級な学校でもないので卒業試験もそう難しくはなく、集中できない試験勉強でもパスできてしまった。
ビスクやストルと卒業証書を持って笑い合って、でも泣き合って「これから毎日会えないの、寂しくなるね」なんて言い合ったけれど、サシャはどこか空虚だった。
いちばん大切なひとが居ない。
シャイが綺麗さっぱりこの街と、サシャの前から消え失せてからもう一ヵ月近くになる。
あれほど想っていると言ってくれたのに。愛していると言ってくれたのに。
はじめの頃こそサシャは毎晩、独りのベッドで泣いた。
居なくなってしまったシャイ。自分のことをもう想ってくれなくなったのではないかと、当然の不安が毎晩こみあげてきて。
でもシャイが、以前キアラ姫のお茶会の日、バルコニーの部屋で話してくれたことが原因だとは思わなかった。
あのときのシャイは『自分はそんな男だ』と言った。元婚約者の女性に『家の事情が変わればすぐに恋仲の女性を捨てる男だ』と言われても仕方がないと。
しかしサシャはそれを否定した。その気持ちは今も変わっていない。
きっとなにか事情があるのだ。
シャイはそんなひとではない。だから、こういう状況にならざるを得ないなにか事情が。
それでも不透明すぎるその事情がいつか明かされるかはわからない。
最近ではもう、涙も出ない。泣くことにも思い悩むことにも疲れてしまったのだ。
これからどうしていいのかもわからなかった。
卒業後は、バー・ヴァルファーの仕事を増やして続けることにしていた。そうすれば食べるには困らない。慣れた仕事であるので心配もない。だから行き先に困るということは無いのだけど。
行き先に困るのは、シャイを想う気持ちだ。
帰ってきてくれるのを待っていたらいいの。
それとももう無かったことにすればいいの。
秋の終わりから、この春のはじめまでたくさんあった、シャイとの出来事。変わった関係。通じ合ったはずの気持ち。
全部、全部夢だったのかとすら思ってしまうこともあった。
そして一番大きい気持ち。
ただ、……寂しかった。