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15.サキュバスってなに?

「ねぇエルク! そろそろクエストに行きましょうよ」

 朝からハティが「スイクーンの寝床」の俺の部屋をガンガンノックしてくる。

 俺はクヴェリゲンの宿屋でカネを数えている。
 そろそろクエストを受けないとカネがなくなるな。

 先日魔角1体を倒した俺達は、兵士の皆さんが引き留めたがそそくさと帰った。
 ギルドには見張り台へのマカロンスライム運搬の報告のみを行った。

 本来なら魔角を倒すという偉業を周りに言いふらすところだろうが、俺達は魔角との戦いで見張り台にあった高価なバリスタを壊してしまった。
 金ピカだったし、人族の防衛において大事な役割っぽかったので、壊してしまった弁償金が怖い。

 俺は偉い人に見つからないようにひっそりと暮らしていた。
 それがうまくいったのか、数日経っても誰も来ない。
 なんとかうまくごまかせたか?
 見張り台で壊れたバリスタを見つけた時は「誰がこんなことしたんだ!」って10回は言ったしな。

 俺は扉を開け「待たせたな」と言いながら慎重に食堂へ行く。
 ハティが隣で色々聞いてくるが、緊張で全然頭に入ってこない。
 もし食堂に王国の騎士がいたら、その場で斬り殺されるかもしれない。
 決して油断をしてはいけないのだ。

 食堂ではアリアとサーシャ先輩が話していた。
 俺に気づき、ため息でもつきそうな顔。

「やっとやる気になりましたか。引きこもっていたようですが、ムラムラを我慢できなくなったんですか?」
「あー。出てこれたんなら、部屋にごはん持っていかなくていいわね。忙しい朝に変なことさせないでよね」

 色々言ってくるが、確かに迷惑をかけたので軽く謝っとく。

 久しぶりに食堂で朝飯を食べる。
 今朝は「ビネガードレッシングかけ放題取れたてトマトサラダ」だ。すっぱうまい。
 アリアも同じのを食べている。

 俺が引きこもってる間のことをアリアへ聞くと、リリアンも引きこもっているらしい。
 俺は食べ終わると堂々と告げる。

「よ~し。今日は久しぶりってことで、簡単なクエストを受けるぞ。昼までに終わらせるつもりだからリリアンは置いていこう」

 俺の言葉にアリアは開けた口を手でおさえる。

「クエスト中にリリアンさんを連れていって、こっそりセクハラしないなんてどうしたんですか? ……何を企んでいるんです?」

 俺の正体を見破ろうと、口元を引き締めキリッと見てくるアリア。
 何も企んでねぇ。
 とりあえず楽なクエストをしたいだけだ。

 俺が誤解を解こうか考えていると、ガチャッとした金属音がすぐ隣で聞こえた。
 横を見るとハティが『ブンナグル』をつけている。

「無視すんなー!」

 ボゴォッ 俺は右肩を殴られた。



 部屋を出てからずっとなんか言ってたのをほっといたけどさ。
『ブンナグル』で殴ることないだろ!

 殴られた肩はへこんでて、鎖骨も折れてる。
 アリアに治して貰ったが「流石に無視はダメです」と、普通に怒られた。

 お詫びに何か買ってあげることにすると「ふふふ。たっかいモノ考えとくね」と小悪魔な笑みを浮かべていた。

 か、稼がなきゃ……



 ――――



 受けたクエストは悪霊調査だ。
 飲み屋街に悪霊の気配がするってさ。

 朝の飲み屋街はキレイなもので、ゴミ一つ落ちてない。
 ハティが『ブンナグル』をつけて、悪霊を探している。

『ブンナグル』は魔物などの悪いやつを見つける力がある。
 もし見つけたら問答無用で殴っちまうけどな。

 通りかかったおばちゃんに悪霊の噂について聞くと、夜に悪魔っぽいのが空を飛んでいるらしい。
 なんだ。夜じゃないと見つからないのか。

 おばちゃんは他にも話をしてきて、このまわりにゴミが無いのは、朝早くに茶色いローブを着たお姉さんが掃除をしているかららしい。
 えらい人もいるもんだ。
 朝に弱いリリアンにはできないことだな。

 どんな人なのか見渡してみると、ちょう裏路地のほうへ茶色いローブを着た人が入っていった。
 どんな人か気になるな。
 あ、お姉さんだからってわけじゃないぞ。
 きっとキレイな心をしたお姉さんなんだろう。きっとそうだ。

 急ぎめに裏路地に入ると、茶色いローブの後ろ姿があった。
「あの……」と俺が声をかけようとすると、ハティが急に走り出した。

 この展開は! このままだとお姉さんを殴っちまう。
 俺はハティが走り出した直後に地面へ手をつく。

「やめろ。アースバインド」

 土のロープがハティを捕まえる。
 ハティは壊そうとしているが、右腕を念入りに絡めとって動かないようにする。

「なっ!? 何するのエルク?」

 驚きの声を上げるハティ。
 いや、急に殴りかかるなよ。
 俺は縛り上げたハティをそのままにして、茶色いローブを来たお姉さんまで歩いていく。

 俺たちが騒いだせいか、お姉さんは振り返って大きな目をパチパチさせてる。
 少し色黒な肌に清楚そうな顔、体型がわかりにくいローブを着ているが、胸は大きく盛り上がっている。

 俺は少しドギドキしながら、話しかける。

「す、すみません。大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。ええっと、危ないところ? でしたが、ありがとうございます」

 お姉さんはキレイなお辞儀をしてくる。
「いえいえ」と返していると、アリアが俺に小声で話しかけてきた。

「エルクさん。彼女、サキュバスですよ」
「あぁ……そうみたいだな」

 ローブの頭のところに2個のボコっとしたふくらみがある。恐らく角が生えているんだろう。
 サキュバスは男の精気を吸い取る悪魔だ。
 野営をしているパーティの男をこっそり襲うため、危険な魔物と言える。
 だが、代わりにエロい夢を見せてくれるので、一部の貴族はサキュバスを集めてるって噂だ。

 俺たちのコソコソ話が聞こえたのか、お姉さんが話し出す。

「あの。確かに私たちは人族の性欲を糧にしています。でも、必要最低限の魔力だけで生活しています。決して殺したりなんてしません。ここは見逃していただけませんか?」

 どうしよう。
 ちょっと角が生えてるだけで、見た目は人間とほとんど同じだ。
 涙目になっているお姉さんを殺すなんて俺にはできない。

「関係ないわ! 魔物はボコる。エルク。この魔法解きなさいよ!」
「サキュバスも悪魔の一種です。ボコりましょう」

 2人はやっちまおうとしている。
 だが、綺麗なお姉さんを傷つけるわけには……。

 サキュバスお姉さんは俺の腕を抱いて、胸を押し付けてきた。
 むにゅぅっと。

 ハティやアリアが何かワーワー言っている中。
 サキュバスお姉さんは俺にだけ聞こえるような小声で。

「お願いします。今夜お兄さんのベッドへ行きますから。どんなことにもお応えしますよ」
「わかった! 絶対に守る。でもさ、明日にはこの町を出て行ってくれ」
「ありがとうございます。わかりました。明日には別の町へ行きます」
「すまないな。じゃあ……さ、倒したように2人に見せる。協力してくれ」

 サキュバスお姉さんがうなずくのを確認し、俺は腕を大きく払う。
 離れるサキュバスお姉さん。
 俺は地面に手をつき。

「落ちろ。アースホール」

 無抵抗に落ちていくサキュバスお姉さん。
 底は砂で柔らかくしてある。お姉さんに痛い思いはさせない。

「貫け。アースニードル」

 地面の下で何かをグサグサ突く音。
 当たらないように土のトゲを出したので、お姉さんは無傷だ。

 俺はドヤ顔で2人へ振り返る。

「ふぅ。油断している相手は殺しやすくて助かるぜ」

 2人は意外そうな顔をしている。

「穴に落として串刺しなんてエグイことするわね。でも、やるじゃないの」
「女ならなんでもいいセクハラ魔王かと思いましたが、悪魔はちゃんと倒すんですね。見直しました」

 にっこり笑う2人。
 笑顔の2人を見てしまい、だました罪悪感が残った。



 ――――



 その夜、晩飯はサッと済ませて、早めに寝てサキュバスお姉さんを待とうとしたが。
 いまさらアリア歓迎会を開かれた。
 仲間はみんな上機嫌で、俺を見直したアリアにたくさんお酒をつがれ、気づけば朝だった。

 俺の部屋の机には手紙が残っており、

 ぐっすりお休みのようでしたので何もせずに失礼いたします。
 命を助けていただきありがとうございました。
 次に別の町でお会いした時に精一杯お世話させてもらいますね♡

 って書いてあった。
 俺は大陸の地図を取り出し、どのルートが最短ですべての町を回れるか調べ始めた。

しおり