14.ちょっと!なに死んでんのよ?
何も音がしない。白い部屋に俺は立っている。
それに、今までで一番体を軽く感じる。空も飛べそうな感覚だ。
俺はキョロキョロ周りを見ていると。
目の前にぼんや~りお姉さんらしき……とってもキレイな金髪お姉さんが見えそうになる。
お姉さんは何か言ってるのか、口が動いている。
「……」
はっきり見ようと目を細めるが、いまいちクッキリしてこない。
大きなお胸をお持ちだとわかった頃に、急に体が重くなる。
目の前がチカチカ光った後、息が苦しくなって「ゴホッ」咳き込む。
すると、目の前にハティのダバダバ涙と鼻水を流した顔があった。
「エルク!……ぃきてる??」
きたない顔だ。だが……なにか悲しい思いをさせたみたいだ。
俺はなぜか動かしにくい右手をハティの頭にのせる。
「あ? あぁ……あれ? なんか……危なかった?」
ハティは俺の顔をぎゅーっと抱き締めてきた。
おっぱいで鼻や口を抑えられて、息がうまくできない。
し、死ぬ……。
再び意識が遠くへ行きそうになる。
が、「やめなさい」という声と共に、息ができるようになった。
アリアがハティをひきはがしてくれたようだ。
「そんなに強く抱きつかないでください。解毒したばかりで体の調子が戻っていませんよ」
俺は息を整え、アリアに尋ねる。
「アリアが助けてくれたのか?」
「はい。急に女の子をぶん投げた変態が、魔方陣から発動した毒魔法を受けたようなので、すぐに解毒魔法を使いました」
冷静な口調だ。
毒魔法を受けてたのか。
「そうだったのか、ありがとう。助かった。なんか、見たこと無い白い部屋が見えたよ」
「あぁ……それは恐らく死後の世界と思われます。かなり強力な毒魔法だったようですね。ほぼ即死するほどとは……」
なにやら考え込むアリア。
真剣に俺のことを心配してくれたんだろう。
「蘇生魔法なんて伝説の魔法をわたくしは使えませんので、危なかったですね。今回は間に合いましたが、死んだら女の子のぬくもりを感じ取れませんよ」
冷静な声と冷静な声だが、言ってる内容がアレだ。
コイツ。こんなときまで。
やっぱりアリアも変な奴だ!
魔方陣があったところを見ると、少し焦げ跡が残っているだけで、紫色の毒は収まっている。
リリアンが上半身を起こした俺の前にしゃがみ、俺の右手を両手で包み込む。
申し訳なさそうな顔で、ギュッと握ってくる。
「ありがとうございます。助かりました。あの時、遠くにポイされてなければ、私も死にそうでした」
「いや、俺こそいきなり投げて悪かったな」
「いえいえ、本当に助かりましたよ。急に投げられた時は、後でサファイアちゃんに食べさせてやろうかと思いましたが、緊急事態なら仕方ないです」
こっちはこっちで危ねーな。
「体は大丈夫ですか?」
「あぁ。たぶん大丈夫だと思うけど、まだ体の感覚がはっきりしない。少し休もうぜ」
俺は安心させるように左手でリリアンの髪を撫でる。
リリアンはふんわりした笑顔になった。
――――
俺達が魔方陣の近くで休憩していると、ファバリが兵士を二人連れて駆け寄ってきた。
「どうされました? 見張り台から見ていたのですが、光ったり煙が出ていたようですぞ?」
「あー。それがな。毒の魔法陣があったんだ。今は無効化してて危険はないけどな」
リリアンに魔方陣を見てもらったところ、もう毒魔法は発動しないとのことだ。
ファバリは「なんと!」と大きい体で大きめのリアクションをしている。
大袈裟なリアクションのファバリ。
「そういえば、このあたりはじーさんがウロウロしてるって言ってたけど、そのじーさんどこにいるんだ? 危なくないか?」
じーさんもファバリの「このあたりは安全ですぞ」ってのに騙されて、この辺をウロウロしてるかもしれない。
ハティが俺の脇をツンツン突いてきた。
「ねぇエルク。そのじーさんってあそこにいる人?」
ハティが示す方を見ると、老人が鋭い眼光でこちらを見ていた。
じーさんからタダ者ではない雰囲気がする。
ハティはじーさんの雰囲気を気にせずに尋ねる。
「おじーさん。なにしてるの?」
「ワシか? ワシは薬草を集めておる」
薬草集めねぇ。
俺は薬草の知識がぼちぼちあるが、ここには使えそうな薬草あんまり生えてない。
俺が考え込んでいると、ハティの『ブンナグル』がカタカタ震えだす。
ハティにどうしたのか聞こうとすると、急にハティがじーさんへ走り出した。
ハティは右手の『ブンナグル』を振りかぶり、じーさんを殴る。
結構大きな音と閃光がした。
やばい。
『ブンナグル』はずっしりとした重みがある。
じーさんなんか余裕で殴り殺せるくらい重い。
なんてことだ。人を殺してしまうなんて。
殺人者となったハティはどこかの教会にかくまってもらおう。
差し入れは……スライム料理でいいかな?
俺が教会と宿屋を往復する生活を考えていると……
じーさんの顔がライオンの顔に変わっていた。
ん? ライオン?
このじーさん、人間じゃない!
「魔物だ! 構えろ!」
俺の号令で全員が武器を構える。
じーさんはイライラした、じーさんらしくない血の気の多そうな声で話し出す。
「その辺の魔物と一緒にするな。俺は魔王の魔角が1本のルクアス。人族の周りに毒の魔法陣を作り、時が来たら一気に滅ぼす計画だったが邪魔をしおって。お前らはこの場で殺してやる」
じーさんはそう言うと、変身し始め……
あっと言う間に変身を完成させた。
顔と体はライオン、コウモリの羽とサソリのしっぽを生やした3メートルほどの魔物になる。
獣の咆哮をあげ、紫色の魔力を周囲に広げる。紫色の魔力が触れた植物は腐っていった。
その紫の魔力は魔方陣から出たものにそっくりだ。
毒を得意とするライオンとコウモリ、サソリのしっぽの魔物……
俺はアレンパーティ時代に魔物図鑑を勉強し、魔物の知識でパーティを支えようとしていたことを思い出す。
「あれはマンティコアだ。素早い動きと毒を得意とするかなり上位の魔物だったはずだ」
マンティコア。金級のパーティでも太刀打ちできず、プラチナ級でも勝てるかどうかわからない。
しかも魔角ということは、マンティコアの中でも上位の存在だろう。
ルクアスは俺達の様子を見てニタリと嗤う。
弱い獲物を狩る猛獣の顔だ。
ハティや兵士達はガクガク震えている。
気持ちでは誰にも……魔王100体が相手でも負けるわけにはいかない。冒険者の基本だ。
「リリアン! 召喚だ。ファバリ。俺達でなんとか時間を稼ぐぞ。他は下がってろ!」
仲間は俺の声に「はっ」とし、リリアンは魔方陣を描き始める。
ハティとアリアはリリアンを守るように武器を構える。
2人の兵士は剣を抜き、俺と共に前へ出る。
ファバリは「ぬぬぬ。魔角ですと!?」とか言って、見張り台の方へ走り出した。
「吾輩は援軍を頼みに行くのでここは任せますぞぉ」
たまにコケそうになりながら、ワタワタ走る。
まるで、怖くて逃げ出したような動きだ。
ルクアスは「逃がさん」と言い、コウモリの羽を大きく羽ばたかせてファバリを追いかける。
羽は空を飛ぶのではなく、加速に使ってるようだ。
高速でファバリに迫る。
誰も逃がさないつもりか!?
ルクアスはサソリのしっぽの先でファバリを刺そうとしている。
俺は地面に手をつく。
「止めろ。アースウォール」
地面から土壁を出し、攻撃の邪魔をする。
が、土壁は壊され、再びしっぽでファバリを狙っている。
逃がせなさそうだ。
「落とせ。アースホール」
ファバリの目の前に落とし穴をつくる。
人間がちょうど入るサイズにし、ルクアスにこれ以上攻撃されないようにする。
ルクアスが落とし穴を覗き込むが、深めに作ったので、何もできないだろう。
ルクアスはファバリをすぐに諦め、こちらへ向かって来る。
ファバリは後で始末できると考えたんだろう。
とにかく時間を稼げば、サファイアちゃんがなんとかしてくれる!
「捕まえろ。アースバインド」
地面から土のロープを出すが、あっさり躱される。
速すぎる。
ルクアスが羽ばたきとともに一気に近づいてきた。
魔法使いの俺では接近されると一撃で倒される。
俺が倒れたら、仲間を守れない。
すると、2人の兵士が前に出た。
斬りつけようとするが、ルクアスの腕に薙ぎ払われ、2人とも離れた木へ吹き飛んでいく。
強い。このままじゃ俺もやられる。
だが、兵士が足を止めてくれた、このわずかな隙を無駄にはしない。
「沈め。アースサンド」
ルクアスの足元を砂場に変える。
俺に近づこうとしたルクアスが、砂に脚を取られ速度が落ちる。
「動くな。アースバインド」
土のロープでルクアスを締め付ける。
しかし、力づくで壊そうとしており、バキバキと土のロープにヒビが入る。
なんて馬鹿力だ。
俺は魔力を込めて修復、さらに拘束を強める。
アリアは飛ばされた兵士へ回復魔法をかけている。
ハティはアワアワしているが、下手にルクアスへ近づくのも危ないだろう。
「リリアン! まだか?」
「いけます。来て。サファイアちゃん」
リリアンの魔方陣から黒きドラゴン。サファイアちゃんが現れる。
ルクアスは抵抗を止め、サファイアちゃんに注目。
「なん……だ? あれは?」
一瞬抵抗が止んだが、次は逃げようとしているようにジタバタしている。
それを見てハティは偉そうに腕を組む。
「あーはっはー! もっとビビるがいいわ。毒ライオンなんて私の敵じゃないのよ!」
ハティもさっきまでビビり散らかしてたろーが。
サファイアちゃんは目の前のガヤガヤを気にもとめず、黒きブレスでルクアスを貫いた。
ルクアスは跡形もなく消し飛ぶ。
相変わらずの超破壊力だ。
魔角相手でも関係ねぇんだな。
が、ちょうどブレスの先に見張り台があったようで、見張り台の真ん中に穴が空いている。
見張り台は、穴の空いたところからボキッと折れてガラガラと崩れる。
オイオイ。見張り台にいた兵士は大丈夫か?
――――
俺達は急いで見張り台の元へ行き、瓦礫に埋もれた人を救出する。
幸いアリアの回復魔法で全員治せた。
しかし、金ピカだった国宝の『神速のバリスタ』は瓦礫に押し潰されてぐちゃぐちゃに壊れていた。
これっていくらするの?
救出作業中にファバリを探している兵士もいたが、そんなことに答える余裕は無かった。
俺は弁償金のことを考え出すと意識が遠くなっていった。