②
シャイの話はそこからはじまった。切り出しから既にサシャの心臓は冷えてしまったけれど。
婚約者。元、とはいえ、一時期、愛しあっておられたのでは。そう思ってしまって。
確かにあのときの彼女の口ぶり。なにかしら、恋が絡むような関係だったような言い方だった。それなら、シャイからもそういう感情があっても。
サシャの抱いた不安など十分承知で切り出しただろうシャイは、すぐにそれを否定してくれる。
「サシャが思うような関係じゃないよ。父上が決めたんだ。それはもう、俺がまだ十にもならないくらいの頃にね。その頃、彼女の家は羽振りのいい貴族で」
いくつかその頃の話をしてくれて、そのあと。
シャイはちょっと悲しげに言った。
「でも、……気の毒だが、お家(いえ)が没落してしまった。これは国家の話になるからはしょるよ」
「ええ」
サシャはそれだけ言って、シャイの話を促した。まだただのシャイの恋人であり、この国ではあくまでも『婚約者のふり』であるサシャに踏み込んでいけない領域だろう。
「それでその……没落の理由が穏やかじゃなくてね。だから……ほら、俺の父上に一度サシャも会ったろう。あのとおり父上はプライドの高い方だ。彼女との婚約をさっさと破棄してしまった」
ごくりとサシャはもう一度、唾を飲み込んでいた。これは機密事項レベルでないにしても、スキャンダルの類にはなるだろう。緊張してきてしまう。
「実のところ、これは割合最近のことなんだ。まだ数年しか経っていない。勿論、俺も成人に近付いていたから彼女と結婚するものだとばかり思っていたさ。彼女もそのつもりだっただろうし」
そので一旦、声は切られた。言い淀んでいるのがわかる。
「でも、……。いや、言い訳にしかならないんだけど。政略結婚だと思う気持ちばかりだった。だから女性として見てはいたけれど、自発的に恋心を抱いたわけじゃない。……いや。本当に言い訳だな。ごめん、今の恋人に話す内容じゃないかもしれない」
「……いいえ。きっと私は知っていないといけないことよ」
「ありがとう」
シャイはちょっと困ったように、でもほっとしたように微笑んで、続けた。
確かにあまり面白い話ではない。けれど、このままシャイと付き合っていく上では知っていないといけないのだ。目を背けることのほうが、いけないこと。
「だから、彼女が言いたかったことは多分。俺のことを『家の事情が変わればすぐに恋仲の女性を捨てる男だ』だろうと思う」