③
息が止まりそうだった。
シャイはそんな男性ではない。わかっていた。
けれど、少なくとも彼女にとっては、エリザベータ様にとってはそれは事実なのだ。彼女の立場からしたら、そう捉えて当然である。ほんとうに愛していたのなら、父に逆らってでも、駆け落ちでもしてほしいと。そう願っていたのだろう。
しかしロイヒテン様はそれをしなかった。
婚約破棄を呑んだ。
それがエリザベータ様にとっては許せないことだったのだろう。
そしてそれをしなかった理由は『彼女に対する想いがそこまで強くはなかった』ということ。
しかしおそらくエリザベータ様は少なからず。いや、きっととてもロイヒテン様のことを想っていた。
そのすれ違いだ。
サシャは俯いてしまう。
彼女の嫌味な態度。今なら理由がわかる。
深い悲しみから来るもの。それに裏切られたという憎悪、ほかにも彼女しか知らない感情がたくさん、たくさんあるのだろう。
確かにサシャはあのとき彼女にそういう態度を取られ、嫌な思いをした。けれど今では彼女のことを嫌な女性とばかりは思えなかった。
むしろ彼女の感じた感情を思うと心が痛んで涙のひとつでも出そうだ。自分も同じ立場であったなら、彼女と同じような気持ちになっただろうから。