⑤
「お邪魔するよ」
この場には居る者とはまったく違う声。でもサシャにとっては一番大切なひとの声だった。
「シャ、」
咄嗟に呼びそうになって、口をつぐんだ。しかし一秒も経たずに言いなおす。
「ロイヒテン様! どうしてこちらへ」
驚いたのはサシャだけではなかった。キアラ姫も目を丸くする。
「お兄様ではありませんの! どうされましたの?」
「サーシャを迎えに来たんだよ」
ロイヒテン様は、きっちりと『ロイヒテン様』の格好をしていた。
今日は深い青色の服。かっちりと詰襟のものだ。そして『ロイヒテン様』の常であるように髪を持ち上げて固めていた。
「ロイヒテン様!」
「お目にかかれるなんて光栄ですわ」
お客様の少女たちも一気に騒ぎはじめた。そんな彼女たちにロイヒテン様はにこにこして、「いつもキアラがお世話になっているね」とカジュアルに挨拶をする。
「酷いわ、お兄様。内緒でいらっしゃるなんて」
キアラ姫がぷぅっと膨れる。ペースを乱されるのは苦手なのだろう。
「ははは、驚かせたくてね」
しかしロイヒテン様は軽くいなして、キアラ姫の頭を優しく撫でた。
「……わたくしも驚きましたわ」
サシャはなんとか言った。実のところ、驚きのあまりに心臓が口から出そうになったのだ。
「ほら、サーシャ様だってこうおっしゃっておられるのに」
「悪かったよ」
やりとりをして、もう退場かと思ったのだが、そこでキアラ姫が違う爆弾を落としてきた。
「サーシャ様、今日はありが、……いえ、お義姉(ねえ)様。ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀までされる。
えええ!?
サシャは内心、絶叫していた。この場でそんなはしたない声を上げるわけにはいかないので、なんとか飲み込んだが。