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 まるで冬のつめたい空気の中、ぽかんと浮かんだ温室に幾輪もの花が咲いたようだった。
 ピンク、イエロー、ブルー。様々な色のドレスをまとった少女たちが、きゃいきゃいとおしゃべりをしている。その様子をサシャは部屋の隅から見守っていた。
 お客様たちのランチタイムも終わったと呼ばれ、出番はもうすぐなのでサシャは謹んでお部屋にお邪魔した。ドキドキする。ひとまえで歌うのなんて慣れているはずなのに、目の前のお客様の質がまったく違うのだから。かかってくるプレッシャーはけた違い。
 はしゃいでいる少女たちはどの娘(こ)も綺麗に着飾り、髪もメイクも完璧。キアラ姫と同じくらいの年頃の娘ばかり。
 サシャも学校でキアラ姫や目の前の女の子達と同い年くらいの娘と接する機会はあるが、若い女子というものは身分に関係なくかしましいものである模様。おしゃべりで部屋の中はいっぱいに満たされていた。ドレスアップが豪華なだけで、きっと中身は普通の女の子なのであろう。
「では、ここでお歌のお時間です。ご紹介しましょう。サーシャ=アシェンプテル様。キアラ姫のお兄様、ロイヒテン様のご婚約者様です」
 司会役をしているキアラ姫付きのメイドが司会席で言い、椅子に腰かけた少女たちの間から、まぁ、という感嘆の声があがった。ぱちぱちと拍手がされる。サシャは歌を歌うために用意された簡易のステージである壇上にのぼり、お辞儀をした。
「サーシャ=アシェンプテルと申します。この度はキアラ姫にお誘いを受けまして、拙いながらも何曲か歌わせていただきます」
 挨拶をしながらサシャはちょっと誇らしくも思ってしまった。ロイヒテン様の婚約者と紹介されたことで。この国ではそういう設定なのだ。
 勿論、婚約などしていない。でも、ロイヒテン様……ではなく、シャイとは恋人同士になったのだ。まるで間違っているわけではない。それを祝福してもらえたように感じてしまったのだ。
「サーシャ様はお店で歌姫をされているの。プロの方なのよ」
 何故かキアラ姫のほうが自慢げに言い、サシャは気後れしてしまう。
「き、キアラ姫……荷が重くなりますわ」
 そのやりとりが可笑しかったのか、うふふ、と上品な笑いがその場に溢れ、そのあとすぐにピアノとバイオリン、そしてフルートの演奏で歌の時間がはじまった。こんな上等なBGMで歌えるなど夢のよう。
 しかしそれに感嘆できたのもはじめだけだった。今ばかりはサシャの意識は歌に吸い込まれる。

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