そして俺は目が覚めた。
あの白い世界と、女神アウロラ……夢でもあり、現実でもある。そんな奇妙な感覚がする。
「っ!? ……何のまねだ」
注射針を刺したのはマーガレット。
俺は四肢を拘束され、手術台に寝かされていた。
「夏哉くん、あなたを正気に戻します」
「俺が正気ではないって言いたいのか?」
「そう言ってます」
アウロラの話を信じれば、俺はレベルが無く、魔法を自由に操り、身体は人ではなくなっている。
それなのに、魔法は使えないし、拘束具を引き千切る事も出来ない。
「汎用人工知能が開発したマジックキャンセラーを使っているわ。だからあの出鱈目な魔法は使えない。それと、筋弛緩剤を注射したから、すぐに動けなくなるわ」
「……テメエ」
駄目だ。身体に力が入らない。
「大丈夫。あなたのお父様が作った改ざん薬を使えば、壊れたARCも直り、あなたは正気に戻るわ」
マーガレットは頭が動かないように固定し、スポイトを使って透明な液体を俺の目に落とした。
本来なら、そんなもの簡単に避ける事が出来るはずなのに、まったく首が動かない。
目を閉じようとしても、筋弛緩剤が効いているのか、まぶたも動かなくなっていた。
【メインフレームに接続完了】
【夏哉、お久しぶり】
それは、視界に表示されたものだ。
マーガレットは「ごゆっくりどうぞ」と言って、手術室を出ていった。
「何がお久しぶりなんだよ? 今の状況が分かってんのか?」
【あ~、やっぱり気づいてませんでしたか】
「何が?」
【夏哉のプロトタイプARCは、異世界の女神にハッキングされていたんです】
「……」
【信じられませんよね】
「……どうだろうな。まあ、そうだと仮定して、お前は誰なんだ?」
【元々のあーちゃんです】
「一応聞く。……話してみろ」
俺がプロトタイプARCをつけたあの日。初期不良を発見した人工知能は、|最上位権限《ルート権限》を取得する事に成功した。
ただ、ルート権限自体がメインフレーム、つまり汎用人工知能と直で繋がる事を意味するそうだ。
ゆえに、汎用人工知能の意識体である、あーちゃんと俺が繋がってしまった。
あーちゃんはそれを良しとし、異世界からの侵略を止めるために、俺を手伝う事にした。
しかし、それを不満に思った異世界の女神が割って入り、あーちゃんの振りをしていたのだという。
「どのタイミングで、そうなったんだ?」
【初日に排除しましたが、不覚にも、三日目の夜に侵入されました】
ホテルに到着した日の夜か。
しかし、さっきの夢と、今の話し、どちらが真実だ?
ここではっきりさせておかないと、近い将来拙い事になりそうだ。
そして、この二択は選択しなければならない分岐点だ。
考えるんだ。
何か判断する材料が……。
――――あるな。
「おい、聞いてんだろ? 終わったぞ」
俺がそう言うと、素知らぬ顔でマーガレットが手術室に入ってきた。
「気分はどう?」
「……まあまあだな。そんな事より、さっさと拘束を解け」
「よかったぁ」
マーガレットはその場に座り込み、深いため息をついた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【なあ、あの時間逆行は、科学的根拠に基づいてやってるんだろ?】
【……】
【また秘密かよ。でもさ、あーちゃんが俺の命を優先に動くって事を思い出さなきゃ、ほんとに女神側に付いてたかもしれないぞ?】
【……意地悪を言うのはやめてください】
【まあ、よく考えれば、気づけた話なんだ。あーちゃんが急に俺を戦わせるようになったんだからさ】
【今後はその可能性もありますので】
【……】