「ちぃぃ!」
走りながら斬るような経験は無い。
だから思わず野球のフルスイングのような斬り方になってしまった。
――――!?
驚いたような気配と共に、ファイアスライムの側面から、溶岩なのか体液なのか、よく分からないものが溢れ出した。
俺が即座に爆裂魔法避けのかまくらへ避難すると、振動と爆音が襲ってきた。
しかし、その後は静かになったので、しばらく様子を見た。
【ファイアスライムの死亡を確認。ブレインネットワークに接続し、魔法のデータをアップロードします】
【エラー】
俺の視界に表示された文字を見ると、軽く怒りが湧く。
「物理攻撃は効きにくいんじゃねぇのかよ」
もしくは、この青い|刃《やいば》の切れ味が、スライムの防御力を上回っていたのかもしれない。
まあ分析もエラー表示も、とりあえず後回し。
俺は掲示板を開き、残りのエリアボスの位置を調べる。
「……」
やるな、小春。
ビッグフットジャパンへMPKをしようとしていた奴らは、小春が戦っている姿に魅了され、大半が離反していた。
その後、そいつらは小春たちに合流し、大きな勢力となり、すでにリキッドスライムを撃破し、現在はグレーシャースライムと交戦中だ。
「アトモスフィアスライムは、まだ行方が分からないな」
「……そうみたい」
マーガレットも掲示板を見ているのだろう。
検索をしても引っかからないのだ。
「そういえば、五体のスライムは全部属性モンスターだったな」
アトモスフィアは、大気などの意味がある。
「見つけた」
ビッグフットジャパンのビルに隠れ、チラリと見えたのは、ARCが表示するアトモスフィアスライムの表示。
その表示が、屋上付近にまで近づいていた。
月光でギリギリ見える、透き通ったアトモスフィアスライムは、まるで雲のように風に流されていた。
「あんなの、どうやって倒せって言うんだよ」
そもそも地上の奴らは、どうやってあれを連れてきたのか分からない。
「屋上にヘリがあるわよ?」
「そんなの、打ち落とされる未来しか見えない」
「ヘリで攻撃はしないわ。無人航空機の操作をして攻撃するの」
「ドローンを使うって事か?」
「そうそう」
「……行ってらっしゃい」
「……泣くよ?」
俺をジッと見つめて、マーガレットは涙ぐんだ。
いや、この人マジで分からんな。
たしかに、核融合炉が爆発したら困るし、あそこにいる避難者を路頭に迷わせるのは気が引ける。
だけど、ビルの屋上付近にアトモスフィアスライムはくっ付いても、そうはならないだろう。
何故なら、核融合は地下にあるし、避難者は低層階にしかいないからだ。
「あれ見てっ!?」
マーガレットの指先を見ると、地上から数え切れないほどのファイアボールが、アトモスフィアスライムへ目がけて飛んでいくところだった。
ただ、あのビルは高さ七百メートルもあるので、その多くは途中で黒煙と化していた。
しかし、その中には、魔法の射程である百メートルを無視して突き進み、数発のファイアボールは、アトモスフィアスライムに着弾していた。
掲示板を見て情報を探す。
「……これか」
渋谷、新宿、池袋、上野、秋葉原、この五カ所で集会を開いていた首謀者たちが、七百メートル上空のアトモスフィアスライムにファイアボールを当てている。
掲示板でその五人は、残虐非道なビッグフットジャパンを倒す英雄として持ち上げられており、そのレベルは非公開ながらも「七十は超えている」「八十近いんじゃね?」という書き込みで溢れていた。
ログを追ってみると、今回のMPKを扇動した首謀者の名字が分かった。
渋谷、|滋岳《しげおか》。
新宿、|弓削《ゆげ》。
池袋、|三善《みよし》。
上野、|芦屋《あしや》。
秋葉原、|賀茂《かも》。
彼らは、俺たちが四体のスライムと戦っている隙を突き、本命であるアトモスフィアスライムを誘導していた。
掲示板を閉じると、ビッグフットジャパンの上層階から、割れたガラスと火花が散り、黒煙が吹き出した。
そして、上層階から下に向けて、削るようにビルが消えていく。
アトモスフィアスライムが、ビルを喰っているように見える。
「どうするの?」
不安そうな声で、マーガレットは俺の顔を覗き込んでくる。
「あのままだと、地下の原発まで喰われるかもしれない」
そして、俺とマーガレットは首都高速から出て、ビッグフットジャパン本社へ向かった。