ファイアスライムは、追いかけるために触手を伸ばしたが、海水に触れるのと同時に、勢いよく水蒸気が発生した。
――――!?
驚いたような気配と共に、ファイアスライムはすぐに触手を引っ込めた。
ファイアスライムは、かなりの高温なのだろう。
路面のアスファルトは、火を吹いて焼けている。
黒煙をまとったファイアスライムは、ジリジリとこちらへ進み出す。
あの黒服どもがいなくなった事で、俺たちに狙いを定めたようだ。
裕太『こりゃ完全にMPKだ。あの黒い制服に見覚えがある人いるか?』
葛谷『あれはビッグフットジャパンの警備員でござる。酷い事するでござる!』
由美『はぁ? プロトタイプARCの製造元じゃないの!! 何でそんな事を!?』
佐野『きな臭せぇ話になってきたな……』
裕太『どうであれ、あのファイアスライムは倒さなきゃいけない。まだ距離があるうちに魔法で攻撃するぞ』
掲示板では、一気にビッグフットジャパンへの不信感が高まっていたが、いまはそれどころでは無い。
ファイアスライムは、築地大橋の半ばまで進んでいる。
橋を渡らせる前に倒さないと、近くにあるマンションに被害が出てしまう。
幸いここは一本道なので、俺たち百名は一カ所にかたまり、魔法の準備をした。
ソイルウォールで土壁を作り、道路を封鎖していく。
ファイアスライムの大きさなら、ソイルウォールくらい簡単に突破されてしまうだろうが、ファイアボールを防御するくらいなら可能だ。
葛谷『あれは火属性だから、昨日のウオーターが効果的でござる』
そんな書き込みと共に、俺たちは一斉に魔法を使い始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昨日のリキッドスライムは水属性だったが、今回は火属性。
本体から伸びる触手でも攻撃してくるが、俺たちは魔法の射程いっぱいに離れているので届かない。
警戒すべきは野球ボール大のファイアボール。これはウオーターと違い、完全に攻撃特化の魔法で、着弾すると爆発をする。
昨日の大学生は、ウオーターが顔に張り付き呼吸が出来なくなっていたが、ファイアボールは火傷くらいでは済まないと思う。
まあでも、うちのメンツもそれは分かっているようで、昨日より緊張感が強く感じられる。
佐野『何だあれ? ちょっと魔法攻撃を止めてくんねぇか? ファイアスライムから赤い煙が見える……』
佐伯さんの書き込みで、一旦攻撃が止んだ。
俺も目を凝らしてみると、ファイアスライムの周囲に赤い煙のようなものが見えていた。
百メートル先のそれは、みるみるうちに大きくなり、立ちのぼる炎のように見えた。
ヤバい予感がする。
裕太『溜め技が来るぞ! 一旦退避――』
俺がそう書込むのと同時に爆音が轟き、それに巻き込まれたうちのメンツ半数が消し飛んでしまった。肉片も残さずに。
【爆裂魔法を確認しました】
今のが魔法なのか?
それには指向性が有るようで、俺をかすめるように扇状の黒い焦げ跡が残っていた。
裕太『早く退避しろっ! ARCの表示を見ただろ!!』
一瞬気が逸れたが、他のメンツが棒立ちになっている。
今の爆裂魔法がもう一度来たら、おそらく俺たちは全滅する。
「お前ら!! 築地大橋の下に突き抜けているアーチ部分をファイアで攻撃するぞ!! 大きな赤い煙が見えたら即時退避だ!!」
俺は掲示板を使わず、大声で指示を出した。
その声の効果なのかどうか分からないが、眼の光を失っていたメンツは、橋の下へ移動し、アーチ部分へファイアを使い始めた。
のろのろと進んでくるファイアスライムは、赤黒い色から白っぽく変化しており、より高熱になっていた。
さっきの爆裂魔法は、発動まで時間がかかるようだ。
だからなのか、あれ以降ファイアボールしか使ってこない。
それを器用に避けつつ、アーチ部分にファイアボールで攻撃しまくる。
しばらくすると、真っ赤に染まったアーチがゆがみ始めた。
「全員、耳を塞いで、口を開けろっ!! 目ん玉飛び出んぞ!!」
ファイアボールが当たっていたアーチ部分が溶け落ち、吊っているケーブルが次々と切れていく。
バランスを崩し、橋が捻れる。
鉄とコンクリートがこすれ、低音と高音が交ざった不快な音を発しながら、そしてついに、築地大橋はまん中からへし折れた。
ファイアスライムは、落ちないようにへばり付いていたが、あっというまに橋ごと隅田川へ沈み、次の瞬間、水蒸気爆発を起こした。