駅へ向かっていると、逃げまどう人々が増えていき、プロトタイプARC装着者だろうか、ヒュージアントを視認し、反撃している人々の姿も確認する事が出来た。
しかし、小春が言ったように、素手では劣勢みたいで、怪我をしている人も多くいる。
それに、車道に飛び出したヒュージアントが、車にはね飛ばされており、そのせいで大渋滞になっていた。
「ん?」
ヒュージアントが見えている人は少ないが、その中に盾を持って防戦している人がいた。
(あの人、あんなごつい盾を持ち歩いているのか?)
自転車のカゴに差し込んだ木刀をチラ見する。
そして「彼らを助けたほうがいいのでは?」という思いが浮かぶも、今は母さんを探す方が優先だと気を引き締めた。
しばらくすると、駅前広場が見えてきた。
「てか、アリ多すぎじゃね?」
駅から出てくる人々は、ヒュージアントに捕まり、かなりの人数が喰われていた。
小さい頃、狩猟をやっている祖父の家で、イノシシの解体を見て、ひどく吐いた記憶が蘇る。
ふと見ると、駅前広場にあるはずの交番が消えており、そこに四角い穴が開いていた。
ヒュージアントは、そこからゾロゾロと這い出てきていた。
こんなの木刀一本でどうにかなる数ではない。
「先輩っ! こっちこっち!!」
その声に振り向くと、剣道部の後輩である|絲山《いとやま》|琴葉《ことは》が俺に向かって手招きをしていた。
そこは駅ビルの入り口ではなく、細い通用口で、どこから集めてきたのか、テーブルや椅子でバリケードが作られ、ヒュージアントが入れないようにされている。
しかし、自転車を止めたのが悪かったのか、三体のヒュージアントが、俺を囲んでいた。
「くさっ!!」
巨大なアリはよだれを垂らし、それが石畳を解かし白煙を上げていた。
ギ酸だろうか、俺はその酸っぱい刺激臭を吸い込んだのだろう。
『キィキィ』
三体のヒュージアントは、そんな笑い声なのか、鳴き声なのか、見当も付かない音を発し、ジリジリと距離を詰めていた。
――――やるしか無い。
左手に持つ木刀を正眼に構えると、いつものように雑音が消えた。
警戒すべきは目の前の三体。
それ以外は次点の警戒とし、まん中のヒュージアントへ木刀を向ける。
久し振りだな、集中をして時間が止まるような感覚……だが、これは試合では無く、ただの殺し合いだ。
生き物を殺そうとする初めての感覚に、俺の気持ちは|戦慄《せんりつ》していた。
「違うっ、後ろ!! 先輩、後ろ!!」
絲山の声で振り向くと、そこには大きめのヒュージアントが後ろ脚四本で立ちあがり、巨大な高枝切りバサミのような口で、俺の首に噛みつく直前だった。
「――避けきれない!」
【ルート権限使用。空間パリティ変換、荷電共役変換を並列処理】
【完了】
【反粒子隔離】
【成功】
【エントロピー強制縮小】
【成功】
【時間反転を始めます】
視界に現れたARCの文字を確認する間もなく、直感的に俺は気づいた。
「先輩っ! こっちこっち!!」
というのも、目の前がまっ暗になった次の瞬間、俺は自転車に乗っており、さっきと同じ絲山の言葉が耳に入ってきたからだ。
つまり俺は、数秒前に時間が逆行した。
ということは……。
絲山は俺の背後にヒュージアントが居ることを知らせるために、手を振っていたんだ――。
自転車を降り、酸っぱい臭いが
「きえぇぇぇぇ!!」
木刀の切っ先は、大きめのヒュージアントの複眼を正確に貫き、同時に茶色い体液が飛び散った。
ただ、浅かったようで、ヒュージアントは触角をグルグルと回し、鉤爪の付いた前脚を滅茶苦茶に振り回しはじめた。
混乱し周りが見えてないようなので、俺は回り込み、頭と胸部の細くなっている部分に木刀を叩きつけた。
「ひぅぅぅ」
いつもより集中できていたのか、節の部分を木刀の真芯で捉え、まるで刀で斬ったかのようにヒュージアントの頭部を斬り落とす事が出来た。
それでも昆虫たり得るのか、頭の無くなったヒュージアントはひっくり返ってもなおジタバタと足掻き、しばらくしてようやく動かなくなった。
しかし、残りのヒュージアントは先ほどとは違い、怯えたような気配で後ずさりをはじめ、脱兎のごとく逃げていった。
絲山の方に眼を向けると、ホッとしたような、怒っているような、そんな表情で俺を見ていた。
「とりあえず合流するか……」