谷底3
それからすぐに崖下の地面にふわりとマクスウェルは足をつくことができた。
抱きかかえられた私にもそれほどの衝撃が無かった。だから多分魔法は成功した。
「これほど強い守護の力が込められているとは、思わなかった」
私を卸した後、マクスウェルは自分の体をしげしげと確認していた。
「……私は、私の魔法が使えたってことですか?」
マクスウェルは私を見てギョッとした顔をした。
その理由は私にも分かっている。
けれど気が付いたら零れ落ちていた涙を止めることはできない。
私にはなんの力も無いのだと思っていた。
だから精霊は誰も答えてくれないのだと思っていた。
私が能無しだから両親が悲しんでいるのだと、家族が肩身の狭い思いをしているのだと。
けれどようやく私は魔法が使えたのかもしれない。
ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。
瞼が熱い。
嬉しいのか、今まで悔しかった気持ちが爆発してしまっているのか自分でもよく分からなかった。
滲んだ視界の向こうでマクスウェルが私の涙をぬぐおうとしているのが分かった。
「約束の乙女よ」
彼の手は声が聞こえた瞬間、引っ込められてしまった。
声のした方を向くと先ほど崖の上にいた筈の国主様がそこにいた。
どういう仕組みだろうか。
「試すような真似をしてしまって、申し訳ない。
人の国エムリスよりよくぞお越しくださった」
王は先ほどまでとうって変わって朗らかな様子で私に話しかける。
その変わり身の早さに驚いてしまう。
「なんだよ、それは。
疑って試すような真似をした乙女に対する態度としておかしいだろ」
マクスウェルがそう言い放つ。
「子供が口をはさむことではない」
ちらりと国主様がマクスウェルを見た後そう言う。
乙女も子供も私が知っている意味と少し違う気がしているけれど、どうやって聞けばいいか分からない。
「明日。謁見の時間を設けよう。
乙女はそれまでゆっくりと旅の疲れをいやすといい」
国主と呼ばれた人は私たちにそういうと、一瞬でその場からいなくなってしまった。
「転移魔法だ」
マクスウェルは忌々し気にそう言った。
転移魔法は聞いたことはあるけれど私たちの国で使えるものはほとんどいない幻といっていい魔法だ。
何もかもこの国では違うのだと私は驚いてしまった。