谷底
崖から身投げをしろと言われるのだろう。
マクスウェルがこちらを静かに見る。
それは覚悟のこもった目だった。
多分私に死ねという覚悟を決めた眼差しなのだろう。
そんな覚悟は決めないで欲しい。他の方法はないのか。それにそもそも約束の乙女というのは何なのか。
ここで私が死んで、それでその後はどうなるのだろう。
別の人間がまたこの国にきて殺されなければならないのだろうか。
「……分かりました。それでは私も飛び降りましょう」
マクスウェルの言った事は半分だけ予想の通りだったけれど半分は全く想像していなかったことだった。
何故彼も一緒にに飛び降りると言っているのか理解できなかった。
ここは竜の国だと言われていた。見た目が人と言うよりもおとぎ話のに出てくる竜に似た姿の人々もいた。
「もしかして、空が飛べたりしますか?」
マクスウェルに聞くと、苦笑された。私がこの国の事もこの国の人々の事も何も知らない事を笑われた気がした。
「俺はまだ、子供だから無理だよ」
谷底に落ちれば死ぬ。それは君と変わりない。
笑いは優し気なものに変わりながら私に言う。
それではまるで二人で心中しようと言っている様で、何を言っているんだと思った。
私とこの人は知り合いでもなんでもない。
けれど、この人が言っていることが事実なのであれば、この人は私に命を賭けると言っている。
「何故……」
思わず呆然と呟いてしまう。何か魔法に対する秘策でもあるのだろうか。
「俺は“視る者”だから。その矜持は曲げない」
視る者が何かは分からない。約束の乙女が何かもわからない。
それでも、彼は私に何かを見出して、そのために命を差し出せると言っている。
そんな事はこれまで一度も無かった。
聖女かもしれないと噂をされることはあっても、誰も多分本当に私には期待はしていなかった。
家族は本当に優しかったけれど、それ以外で私に本当の期待をかけた人はいないのかもしれないと思う。
この人と信頼関係は何も無いけれど、この人は命を賭けて私を信用してくれている。それは分かった。
彼の信用は私に対してなのか、それとも自分の能力に対してのものなのかは分からない。
それが分かる程マクスウェルさんを知らない。
「魔法の使い方を教えてください」
私がそう言うとマクスウェルは少しだけ口角を上げてそれから私に耳打ちした。
「祈ってください」
最初は言っている意味が分からなかった。
神頼みをして欲しいという意味だと思った。
「言い伝えによると、約束の乙女の力は祈りだという」
だから祈って、俺が守られますようにと俺に対して祈っていて下さい。