②
「……サーシャ」
呼ばれる声が近すぎて、サシャはびくりとした。真上から降ってくるようだ。
「すまない、唐突に」
「え、いえ、あの」
なにを言うべきかわからなかった。
やっと顔を上げたが、余計になにも喋れなくなってしまった。数十センチ先のロイヒテン様のお顔。これほど近くで見たことなどなかったので。琥珀色の瞳が今は硬い。
「彼女を黙らせるためではあったけれど、勿論それだけじゃない」
そんな眼で、おまけに間近で言われて、サシャの胸がどきどきと高鳴る。
なんなの、これは。
思うけれどこの先に続く言葉がわからないはずはない。胸を高鳴らせて待っていたけれど。
「俺は、サーシャを、……あ、」
途中で切られた。
……えっ。
胸の中でもう一人の自分が拍子抜けしたような声を上げた。
なんで、こんなところで。
しかしすぐにその理由を理解する。遠くから音楽が聞こえてきていたのだ。それはパーティーの終幕を告げるものなのだろう。
わいわいとおしゃべりやダンスに興じていた人々が一気に静かになったので。
それで国王陛下が壇上に上がられるのが見えたので。
「悪い。あとでゆっくり話そう」
すっと体は離されてしまって、サシャの胸にさみしさが一瞬よぎった。そのあと国王陛下がご挨拶をされていたが、すべてサシャの耳を通り過ぎていった。
国王陛下が退場されたあとに、王族の退場となる。ロイヒテン様や、パートナーのサシャも一緒にだ。このときだけはロイヒテン様に腕を組んでいただいてエスコートされながら、サシャは混乱の仕切りだった。
そして会場を出たあとは「悪い。またあとで」とメイドに引き渡されてしまった。
王族、血族だけで集まるのだろう。「サーシャ様、お疲れ様!」などと言ったキアラ姫がロイヒテン様にまとわりつきながら去っていくのを見ながら、サシャはまた呆然としていた。
夢を見ていたような気がしたのだ。パーティーよりもなによりも。
抱き寄せられた感触とキスの味が強く強く残っていたが、独りになった今では良い夢を見たようにしか思えなかった。