①
「このような場で話すことではないだろう。それに俺は」
不意にもう一度、場の空気ががらっと変わった。ロイヒテン様が、隣に居たサシャの腰をぐいっと引き寄せる。
わ、なんて貴族の娘にはふさわしくない声を上げるところだった。
そんなサシャの頬になにかが触れる。さっき感じた、手袋越しの体温。
それが頬に触れる意味を理解する前に、ぐぅっと彼の顔が近づいていた。くちびるにやわらかな感触が触れる。
それはほんの一瞬だった。すぐにロイヒテン様は顔を引いてしまったが、サシャの腰は引き寄せられたままで、つまり彼の胸に体を預けるような格好にされていた。
「俺はサーシャを愛している。俺から恋をした相手だから」
しっかり抱きしめられて、そんなことを言われて、そしてさっきの一瞬のキス。
え、え、なにこれ。
これはパートナーの、婚約者のふりではなかったの?
おまけに恋をした、なんて。
一体なにが起こっているかわからないサシャは、おそらくこの場で一番混乱していただろう。
ただわかるのは、初めてこんなふうに触れたロイヒテン様の体は思っていたよりずっとしっかりと、がっしりしていて男のひとであったことと、緊張はしているものの、それとは真逆にあたたかくてとても安心するものだということ。
驚愕レベルはサシャの比ではなかったろうが、エリザベータ様も多少は動揺したらしい。
「仲がよろしいようでなによりだわ。……失礼しましょ」
パートナーの男性に腕を伸ばし、その腕を取ってさっさと行ってしまう。
彼女の吐き捨てるような言葉。それも心に確かに刺さりはしたが、そんなものは些細なことだと思ってしまう。この状況からしたら。