②
「お土産だ」
ぐい、とリゲルが突き出したのは簡素な木のカゴ。ハンカチがかかっていたが、はらりとそれを取られてライラは目を輝かせてしまった。
「ブルーベリー! 美味しそうね」
中に入っていたのは、紫色をした宝石の粒だった。つやつやしていて見るからに新鮮で美味しそう。
「仕事場の近くで摘みたてを売ってたんだ」
「そうなの。じゃ、ジャムなんかにするより、このままのほうが美味しいかな」
ブルーベリーの食べ方はさまざま。
そのまま摘まんでも良いし、ヨーグルトやはちみつをかけても良い。
煮詰めてジャムにしても、フルーツソースにしても良い。
もしくは今日作ったように、寒天に入れてゼリーなどにしても。
どのように食べようか一瞬にして色々と思い描いたライラだったが、リゲルが『摘みたて』と言っていたので、一番シンプルな食べ方を考えた。そんなライラの言葉を肯定するようにリゲルは言う。
「ああ。保証付きだ」
それは完全に「味を知っている」という言い方だったので、ライラはきょとんとした。
「え、つまみ食いしたの?」
「土産にするんだから、味見はして当然だろ」
しかしリゲルは、さらっと言ってのけるので、ライラは、ぷっと噴き出してしまった。あまりに新鮮であり美味しそうであったので、ひとつぶ摘まんだのだろう。悪気無く言うのが彼らしい。
「そうだね。じゃ、期待してる」
カゴを受け取って、もう一度中身のブルーベリーを見つめる。
紫色のブルーベリー。やはり宝石のようにつやつやとしていた。
とても綺麗。美味しそう、以上に『綺麗だ』と思ってしまった。
「リゲルくん、いらっしゃい」
そのとき奥からライラの母が出てきた。なにかの仕上げをしていたのか、皿でも洗っていたのか、手をエプロンで拭きながら。
「こんばんは、リラさん」
リゲルは奥から出てきたライラの母に向かって、ぺこりと小さくお辞儀をした。ライラの母の名を呼んで。
リゲルは決してライラの母のことを『小母(おば)さん』とは言わない。通常、身内以外の良い年齢の女性のことは、そう呼ぶものであるのに。
そもそもリゲルだって、町中で買い物をするときなどは、商店の女性にはそのように呼ぶ。「小母さん、これいくら?」などといった具合に。
しかしその中でわざわざ名で呼んでくれるというのは、リゲルの中で、ライラの母がいかに特別であるかを示しているようだった。
「ねぇ、お土産をもらったのよ。ブルーベリー!」
ライラは母の前に、リゲルから渡されたカゴを突き出した。きらきらと輝きそうなブルーベリーを目にして、ライラの母もめもとをゆるませた。
「まぁ。わざわざありがとう。とても美味しそうね」
「美味しいそうよ。ほ、しょ、う、つ、き! ですって!」
強調するように言ったライラの言い方に、思い当たったのだろう。くちもとに手を当てて、母はくすくすと笑った。
「リゲルくんの保証付きということね」
「おい、ライラ」
リゲルにちょっと睨まれたけれど、笑みで返しておく。
「じゃ、その保証付きの美味しいブルーベリーはデザートにいただきましょう。さ、リゲルくん、入って。今日はカモ肉のパイ包みを作ったのよ」
「えっ、本当ですか! 良いにおいがするなって思ってたんですけど」
「好きだものね」
ライラはもう一度笑ってしまう。そのときリゲルのお腹がぐぅっと鳴ったので。そのためにもう一度睨まれる。
彼との、通常のやり取り。今はこれだけでも、しあわせなもの。