②
そこでサシャの視界がぱっと切り替わった。
数秒、この状況がわからなかった。
見えたのは白い、透けているうつくしいレース。ここがどこかもわからなかったが、じっとしているうちに思い出した。
ここはミルヒシュトラーセ王家。お借りした客室。お借りしたベッド。見えているのはベッドの上の天蓋のレース。
理解すれば安心して、サシャはごそりと布団の中で身じろいだ。
窓からはあかるいひかりが差し込んできている。すっかり朝だ。
いつの間にか眠っていたらしい。それもぐっすり眠っていたようだ。体も頭もすっきりしていた。
それに、見ていた夢。夢の中でシャイが勇気づけてくれた気がした。
それだけでなく、自分も「今、行くわ」と柵を飛び越える勇気を出すことができたのだ。
勇気を出すだけでなく、実際に飛びあがって、柵を超えられた。あとは彼の腕に飛び込むだけだったのだ。
だからきっと、今夜のことも大丈夫。サシャの胸には力がみなぎっていた。
しかしそれとは別件で、ちょっと恥ずかしくなってしまう。
あのままシャイの腕に抱きとめられるところまで夢が見られたらよかったのにな、と思ってしまったために。
でももしかしたら。
パートナーとして今夜、一緒に参加するのだ。恋人の真似のようなことならして貰えるかもしれない。そうしたらきっと、真似であっても幸せだろう。
サシャがそう考えてしまっているうちに、こんこん、とドアがノックされた。
「サーシャ様。もうすぐご朝食です」
メイドの声だった。
「起きておられますか?」
問われるのでサシャはあたふたとベッドを出た。ドアへ向かう。鍵を開けなければだ。
「起きていますわ」
言いながら鍵を開ける。これも用意してきたネグリジェ姿であった。
朝食は部屋に運んできてくださるそうだが、食べる前に着替えなければならない。その着替えも手伝われるそうで、おまけにメイクや髪のセットまでしてくださるそうだ。生まれてこのかた、バーの歌姫として先輩にメイクや髪のセットの仕方を教わったとき以外、他人にそのようなことをしてもらうことはなかったのでちょっと気が引けたり緊張する気持ちはあったものの、綺麗に飾ってもらうのは純粋に楽しみだった。
「おはよう」
昨日とは違う娘(こ)ではあったが、同じように黒いワンピースに白のエプロンをしたメイドににこっと笑って朝の挨拶をする様子は、ほんとうの貴族の娘のように堂々としていただろう。