バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

 それはともかく、出された紅茶も極上の質であることが香りだけでわかった。華やかでありつつも深みのある香り。カフェ・シュワルツェで飲むものだってサシャの国では上等の部類に入るお茶だというのに、それよりもっと良いものだ。
 入っているティーカップも綺麗な花柄が焼き入れられていて、どう作られているのかもわからないくらい繊細に薄いものだった。落としたら粉々になってしまいそう。でももちろん、貴族の娘はそんな失態、犯さないのだ。
「あと一時間ほどしましたら、お着替えのお手伝いに参ります」
 着いたら国王陛下……シャイの、いや、ロイヒテン様のご両親にご挨拶することになっていた。今はサシャの長旅を気遣ってくださって休憩時間を頂いているだけなのだ。
「……あ、はい。お願いするわ」
 『お願いします』と言ってしまいそうなのを堪えて、敢えてぶっきらぼうともいえる口調で言った。
 貴族の娘は基本的に、おつきに着換えをされるのだと本や聞きかじったことから知った。サシャにとっては自分で着たほうがしっくりくるように着られるのだし、同じ女性とはいっても素肌に近い下着姿を見られることには恥ずかしさもある。
 本当なら貴族の娘であれば自分の家からおつきのメイドかなにかを一人や二人、連れてくるものなのだという。でもサシャにそんな者はいるはずもないし、偽装できるような、してくれるような存在もいなかった。
 不審に思われるかもしれないと心配だったが、こちらもシャイが「上手く根回ししといたから」と言ってくれた。
「俺との仲をサシャ……サーシャの父上にまだ反対されてるって設定でいこう。だからお忍びってことで、メイドも連れてこられなかったってことで」
 ちょっと無理はあるのかもしれないが、王子であるシャイ……ロイヒテン様が言えば、メイドや使用人くらいは「そういうことだ」と思うしかないのだろう。なのでここでの生活の間は、この城のメイドにいくらか面倒を見てもらうことになっていた。
 ちなみにミルヒシュトラーセ国で過ごすための数日間に着る、ドレスに近い服はもらったが、下着だけはシャイに用意させるなんて恥ずかしいことは出来なかったので、もらったお金を握りしめて、暮らす街の最高級のお店で自分で選んで買った。
 つけたこともないような豪華なブラとショーツの上下のセットと、レースのたっぷりついたキャミソール。それを三セット程。多分貴族の娘の設定としても見劣りは、しない、はず。
 お世話をされるとき、着替えさせてもらうときだけに見られるので相応のものを買っただけで、別にシャイに見られるわけでは。
 と思ったものの、やはりシャイから「これで、ドレス以外に必要な小物とか揃えて」とお金を渡されたときにどうしても意識してしまって、買ってきた超豪華な下着をつけて鏡を見たときには赤くした顔をおおってしまった。恥ずかしい妄想をしてしまったので。
 まさかこれがシャイの前で着るなら良かったのに、なんて。
 そんなこと、あるはずもないのに頭に浮かんでしまったのだ。
 でも彼の前で、ドレスを着ているとはいえ下にこんな豪華な色っぽい下着をつけていると思ったらやはり顔が赤くなってしまいそうだと思ってしまったのだった。
 そんな下着事情はともかく、少しくたびれたのでサシャはソファに横たわって天井を見上げた。ドレスを潰しすぎてしまわないように気をつけながら。本当の貴族の娘ならこんなはしたない格好、するはずもないのだが誰も見ていないときくらい肩の力を抜きたい。
 見上げて気付いたが天井も豪華だ。豪華な彫りが入っている。
 ああ、本当に違う世界へやってきてしまったのだわ。
 こんなことから実感する。
 ぼうっとしているうちに、疲れからか眠気が襲ってきたが、寝入ってしまうわけにはいかない。サシャは少しだけ頭を振ってソファから体を起こして、すっかり冷めた紅茶をすすった。紅茶を飲むと頭がすっきりするのだ。
 シャイが前に言っていた。「紅茶は頭を冴えさせる作用があるんだ。だから夜には飲みすぎないほうがいいんだよ」と。
 眠いままで国王陛下の前に出るわけにはいかなかった。なのでちゃんとすっきりした思考で赴かなくては。
 そうこうしているうちに一時間はすぐに過ぎ、先程のメイドの女性がやってきて、ここまで来た外出着よりもう少し良い服に着替えさせてくれた。

しおり