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城で通された客室も豪華極まりなくて、「長旅でお疲れでしょうから少しおくつろぎくださいませ」とおつきに去られて、サシャは一人になってからあちこち探索してしまった。
花柄の大きなソファ。
硝子の天板のローテーブルには、どう作られているのか繊細な模様入り。
クローゼットも派手な装飾が掘られていた。
奥にあるベッドは見たことも無いほど大きい。フリルがたっぷりついて白いシーツがかかっている。おまけに天蓋付き。
こんなもの、絵本などでしか見たことがない。本物のお姫様のお部屋だ。
かりそめとしても、こんな経験きっと一生のうちで、もうできないだろう。場違いにもサシャはわくわくとしてしまった。
それでも半日足らずではあるが長距離移動の旅や、張り詰めた心が疲れたのは確かであったので、息をついてソファに腰をおろす。ふわっと良い香りがした。香かなにかを焚き染めたような香りだ。
そのうちに、タイミングよくお茶が出された。
やってきたのはメイド服を着た若い女性。黒のワンピースに白いエプロンをしている。
「ようこそお越しくださいました、サーシャ様。どうぞおくつろぎくださいませ」
「……ありがとう」
メイドといっても本来のサシャよりずっといい身分であることはわかる。
そんな彼女に敬語もなしで喋ろうなど気は引けたものの、貴族の娘なのだ。そのように話さなければと敢えて少しツンとしたような声で言った。
ちなみに『サーシャ』という名前はシャイがつけてくれた。『サシャ』をほんの少しいじっただけであるが。
今のサシャは『サーシャ=アシェンプテル』という名前である設定になっていた。生まれが元々、庶民が名字をつける習慣がない国であったので、サシャは名字というものを持っていなかった。
しかしなにかしらの名字は必要であり、しかも相応の格好がつく名前でないといけないので考えてくれたのだ。
「『アシェンプテル』は、知っているかな。シンデレラのお話。あれに出てくる名前を少しいじったんだよ」
茶目っ気のある目でシャイは言ったものだ。
「灰かぶり、ではないけれど、シンデレラのようなものだからちょうどいいだろ?」
「そ、そうね」
『シンデレラ』は庶民の娘が王子様に見そめられて嫁ぐおはなしなので、少しドキドキしてしまったけれど。