①
クリスマスイヴの前日。
サシャは港のある隣町まで行って、そこから船に乗って海の向こうのシャイの……ロイヒテン様の国へと出向いた。船に乗るのもサシャは初めてで、甲板に出てついはしゃいでしまった。ちなみに行くのは一人で、であった。少なくとも知人という意味では。
シャイは準備があるからと、おそらく数日前から国に帰っていた。「付き合わせるのに迎えにもいけないなんて、ごめんな」と言ってくれたけれど。
よって、お迎えに来てくれたおつきのひとたちがサシャを連れていってくれた。側近でシャイの事情もわかっているので、あまり気負うことはないと言われたので少しは安心していたし、それにあちらからもあまり話しかけられなかった。
そんな、数時間の船の旅。心配したけれど船酔いをすることはなかった。
降り立ったミルヒシュトラーセ王家の国は、サシャの暮らす国よりだいぶ立派で、思わずあたりをきょろきょろと見てしまった。
全体的に建物が豪華だ。お店で売っているものも、明らかに質がいい。豊かな国なのがすぐにわかった。
「一人で出歩かないでくださいね」
サシャがあちこち見ていたからか、おつきの男性に言われてしまう。
「は、はい」
サシャは答えたものの、その理由はちょっと物騒だった。
「お嬢さんの暮らすお国より綺麗に見えるかもしれませんが。スラム街もあるのです。そういうところは危険なのですから」
よって臆してしまって、もう一度「はい」と言うしかなかった。
乗せられた馬車は、あのときサシャの暮らす街の隣街で見たものと同じ豪華さだった。
もちろん、このようなものに乗るのは初めて。緊張と同時に胸がときめくのを感じた。
王家の馬車なのだ。街中を走る僅かな間にも、街の人々の視線を集めているのが感じられた。
シャイに贈られた、貴族の娘に見えるような相応の良い服を着ていたけれど、中身はただの庶民の娘であることが露見しやしないかびくびくした。
しかし別に疑われはしなかったようだ。おつきの男性は「パーティーではよそのお国のお貴族様などもよくいらっしゃるのです。そのすべてを庶民が知っているはずもありません」と、また素っ気なくあるが説明してくれた。
そして「もちろん参加されるお貴族様もすべて把握されているわけではないですから」と言われたのでほっとした。
城について、きっと門の前で止まると思ったのだが馬車はそのまま門を抜けていく。
そういうものなのかしら。
いつ降りるのかわからずにそわそわしてしまうサシャを乗せた馬車は、城の玄関……なんて表現がはばかられるほど立派だったけれど……そこまでいって、やっと止まった。
「いらっしゃいませ。長旅、お疲れ様でした」
びし、と玄関の両脇に立っていた衛兵が敬礼してくる。
衛兵の服も豪華だった。赤いかっちりとした服に、大きな帽子をかぶっている。腰には剣を携えていた。
「あ、は、はいっ。ありがとうございます」
言ってから気付いた。貴族の娘ならここでお礼など言わないのかもしれない。当たり前のように、ツンとして「ご苦労様」「お邪魔するわ」なんて言うのかもしれない。
実際の貴族と親密に接したことがない以上、そこまでは流石にわからなかったので不審だったかもしれないこともわからず、ちょっとびくびくしてしまった。城でもサシャがどういう家の娘で、どういう事情でやってきたのか知っている者は一握りなのだ。
貴族の娘に見えるように、付け焼き刃であっても知識を総動員してふるまわないと。
決意を固め、ごくりと唾を飲んで、サシャは城へ足を踏み入れた。