③
でも、その軽い思考は翌日、図書館で見かけた写真で吹っ飛んだ。
「えーとねぇ。……あ! これこれ! この方よ」
ビスクがお姉ちゃんに見せてもらった、という本は運よく存在した。
それをデスクへ持っていって、座って三人で見た。真ん中に座ったビスクがページを繰り、そして一枚の写真を指さした。
サシャはやはり眉を寄せてしまう。写真ですら感じた。
なんだろう、これ。知っているような、感じ?
写真は何人かの人々が写っていた。確かに先週末に見かけた馬車でのひとたちだ。ロイヒテン様とやらと、その妹様。
でも数年前のもののようだ。ロイヒテン様も見かけたときより若く、少年に近く見えたし、妹様はそれはもう、幼い少女にしか見えなかった。
ほかには現国王陛下と王妃様も載っていた。家族写真、のようなものだろう。
「本当にイケメンよねぇ。王子様になるために生まれてきたみたい」
ビスクがほうっと息をつく。ストルも「格好良い方ね」と言った。こちらはビスクほど熱情的ではなかったが。
でもビスクはそれには構わず、続けた。
「お姉ちゃんに聞いたんだけどね、オフショット写真集なんかがあるんだって! それにはねぇ」
そのあとビスクがきらきら輝く眼で言ったこと。
それがすべての答えだった。
「プライベートのお写真も載ってるんですって! ロイヒテン様はいつも髪をあげてらっしゃるでしょう。それをおろした姿とかが! きゃーっ、見たいわぁ」
髪を、おろした姿?
想像してみて、サシャは思わず、あっと声を上げるところだった。
その想像で気付いてしまったのだ。
ロイヒテン様。彼がオールバックにしていた髪をおろした想像、それは身近にいる『あのひと』に非常に似ていたのだから。
そしてそれを意識してしまえば、違和感のピースは次々に当てはまっていった。
黒い髪。
琥珀色の瞳。
その顔立ち。
すべてが。
……バーやカフェで会う、『シャイ』にそっくりなのだ。
まさか、同一、人物?
思ったものの、サシャはすぐにその思考を否定した。
そんなはずないわ。名前だってまったく違うし、王族の方がバーやカフェにいるはずないじゃない。
当たり前のことを考える。でもどきんどきんと胸は高鳴っていた。
万一そんなことがあるなら。起こるはずはないけれど。
もしかしたら親せきとか……血族なのかもしれない。それでよく似た従兄弟とかそういう関係なのかもしれない。
それだったらありうることだろう。少なくとも本人そのままよりは。サシャはそう思った。
そして複雑な思いを抱く。
本人であろうはずがない。でも血族であったら高貴な方のはずだ。もしこの方が、なにかしらシャイとご縁のある方であれば、シャイだって相応のいい家のひとのはずなのだ。
「その写真集は市販されてるものじゃないみたいだし、勿論図書館にあるようなものじゃないから簡単には見られなくて、残念、……サシャ?」
ぺらぺらと喋っていたビスクが、ふと言葉を切った。サシャがおしゃべりに乗ることなく、写真をじっと見て黙っていたのだからだろう。自分で見たいと言っておきながら、この反応だったものだから。
「見とれちゃったんでしょう。あまりにカッコいいから」
ストルが言った。フォローしてくれるように。それにサシャは心からほっとして言った。
「そうね。ああ、直接お顔を拝見できてよかったわ」
ビスクの興味が逸れるようなことを言っておく。ビスクはそのまま乗ってくれた。
「もーっ狡いよー! そんなこと、私も誘ってくれたらよかったのに!」
「無理よ。偶然行き当たったんだから」
「それでも狡いーっ!」
わーっと声を上げたビスクは、寄ってきた司書に「図書館ではお静かに願います」と注意されてしまい、「す、すみません……」と縮こまったのだった。