②
「お待たせ」
シャイはすぐに戻ってきた。トレイにはポットとカップが乗っている。あらかじめある程度の準備をしてくれていた、という様子の素早さであった。
「今日は冷えるね。あったかい紅茶が美味しい季節だ」
言いながら手際よくそれらをテーブルにセッティングしていった。
紅茶は少し蒸らすのだろう。砂時計をひっくり返した。多分、測る時間は三分。
「これはサービス」
最後に、ことりとシャイがテーブルに置いてくれたのは小さな皿に入ったクッキーだった。サービス、というだけに控えめに、二枚。それでも綺麗な焼き目がついていて、上にはチェリーらしきものが飾られている。
「え、いいの?」
サシャはちょっと目を見張ってしまった。まさかこんなものをいただけるとは思っていなかった。
「昨日、たくさん焼いたからね」
それなりの格式のある店だけあって、出すスイーツも店で作っているのだ。専門のパティシエもいるらしい。
クッキーを出しておいて、「わざわざきてくれたお礼だよ」なんて、シャイはぱちんとウインクをする。
もう、こんなことをするんだからタチが悪い。
思いつつも嬉しくて、サシャは「ありがとう」と笑う。そうこうしているうちに砂時計の砂は落ち切ってしまって、シャイがポットから紅茶をついでくれた。
「新作はストロベリーティーなんだ。見た目も冬らしいかなとかね」
赤みを帯びた紅茶。確かに冬にふさわしい温かみがある。
「綺麗ねぇ」
サシャも、ほうっと息をついていた。
つがれた紅茶はあつあつ。白い湯気が立っている。そして一緒に漂うのは。
「甘い香りだろう。どちらかというと、香りを愉しむものかな」
ストロベリーの、いちごの甘い香り。これは女性が喜ぶだろう。
「さぁ、どうぞ」
「いただきます」
猫舌というわけではないので、サシャはすぐにカップを持ち上げた。やけどをしないように、慎重に飲む。
ふわっと口の中に、いちごの華やかな香りが溢れた。紅茶の味は控えめで、それだけにいちごの香りとほのかな味が引き立てられている。
「華やかな味だわ」
感じたままの感想を言う。
「そうだろう。女性好みだろうってマスターが決めたんだよ」
「そうね。女の子は好きだと思うわ」
「そっか。じゃ、この冬の看板商品としてふさわしくなりそうだな」
シャイはウェイター。給仕をしてくれる立場なので、サシャのついているテーブルの横に立っていたのだが少し話をしたそのあとで厨房を振り向いた。
「マースタァー」
シャイが声を張り上げる。それはちょっと媚びるような声音を帯びていたものだから、サシャはくすくすと笑ってしまった。子どもっぽい言い方だ。
「混んでないし、ちっと話しててもいいすか」
シャイが口に出したことに、どきっとした。自分と話してくれるのだ。シャイは仕事中だろうから、ほぼ一人でお茶を味見として飲むだろうと思って来たのに。
「あんまサボんなよ」
カフェのマスターはそう言ったものの了承してくれて、シャイは「さんきゅっす」なんて言って、サシャに向き合ってくれた。横の席に腰かける。窓に向いていたサシャの隣、窓に沿うような位置でセットされている、九十度の角度にある椅子だ。向かい合うよりなんだか親密に感じてしまって、どきどきした。
「これで堂々とサボれる」
マスターの言葉を否定するように、ちょっとだけ身を乗り出してそっと言い、サシャは思わずくすくすと笑ってしまう。近い距離に心臓の鼓動は速まっていたけれど。テーブルに片肘をついたシャイが、視線をちょっとだけ窓の外に、やって言った。
「寒くなったね。ここまで寒くなかったかい」
「今日はそれほど寒くないんじゃない? 夜は冷えるかもしれないけど」
学校の終わったあとなのだ。もう夕方になっていた。でも今日はバーの仕事が無いので、多少遅くなってもかまわない。
「そっか。じゃ、早めに帰らないとね。夜も暗くなってきてるし」
言われて少し残念に思ってしまった。少しでも長く彼と居たかったので。