①
木曜日は綺麗に晴れた。冬の折にしてはあたたかな日。サシャは普段着のワンピースを着てカフェへ向かった。
普段着、とはいうが、普段着にしている服の中では上等な部類のものを選んだけれど。恋としてはおとなしすぎる気持ちであっても、憧れている男のひとに会うのだ。綺麗な服で会いたいではないか。
今日は運よく早めに終わった学校。帰ってから着替えたのは、深い緑色のワンピース。胸元は黒いリボンで結ぶようになっていて、スカートのすそにはフリルもついていてかわいらしい。寒いので、上にはちょっと厚手のジャケット。これも黒色だが、丸襟でビロードの生地でできていてあたたかいのだ。
履いてきたのは赤いパンプス。少し底が厚くてかわいらしさがあって、お気に入り。髪色がこの国ではスタンダードな金髪であるので、サシャは大概の色が似合ってしまう。そういう意味では都合のいい髪色であるわ、と普段から自分でも好ましく思っているのだ。服や装飾品を見るのは好きだから。
お金なんて、食べるに困っていないとはいっても裕福とは程遠いから、今日の服だって、そう高級品というわけではないけれど。特注なんてとんでもない、ただの市販品である。それでもかわいらしく、それなりの仕立てのものだ。
カフェ・シュワルツェの前につく。
今日はプライベートで会うのだ。ちょっとだけ緊張する。私服で会うのはあまりないだけに。
そっとドアを押すと、扉についていた真鍮のベルが、からんからん、と鳴った。お客の来訪を告げる音だ。
「こんにちは」
「いらっしゃい。……ああ、サシャちゃん」
奥でなにやら作業をしていたらしいシャイが振り向く。普段店で働いているときの、黒いベストにパンツ、ギャルソンエプロンの姿で。
「お邪魔するわね」
「歓迎するよ。ああ、そこの席、あけておいたんだ」
シャイが示してくれたのは、窓際の、外が良く見える席。赤い布張りの椅子。店の中でも特等席だ。特別扱いしてもらえているように感じてしまって、胸がときめいた。
「例の新作の紅茶でいい?」
訊かれるのでサシャはもちろん頷いた。
「ええ。楽しみにしてきたの」
「うん。じゃ、すぐ用意してくるね」
サシャを席につかせてくれて、シャイはすぐ厨房へ行ってしまった。サシャは手にしていた赤いハンドバッグ……赤い靴に合わせて選んだもの……を荷物入れに置いて、外を眺めた。
町並みはすっかり冬のもの。樹々は赤く染まったあとの、茶色に変色した葉を落としつつあったし、街行く人々もしっかり上着などを着こんでいる。
でもサシャはこの季節が嫌いではなかった。この国は比較的温暖だと聞いていることも手伝っているのかもしれないが。
もっと寒い地域だと毎日のように雪が降っていたり、常に積もっていたりするそうだ。ここでは相当寒い日、真冬の折でもないと雪など降らないのだけど。それに、降ったとしても積もることは稀だ。