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「シャイくんもこんなところで油を売ってていいのかい」
 自分で出しただろうに、マスターはからかうような台詞をシャイにかける。
「いいんですよ。今日はシュワルツェすいてますしもうすぐ上がりなんで」
「でもそれをシュワルツェに持っていくまでが仕事だろう?」
「やだなー、硬いこと言わない言わない」
 マスターとシャイの間であはは、と笑い声が起こった。サシャも微笑を浮かべてそれを見守る。
 彼が、シャイがこのバーで短い時間を過ごすことはときたまあって、サシャはその時間が好きだった。このような雑多なバーには似合わないほど綺麗な外見と明るい性格をしているのに、シャイはわざわざこの店にアルコールを仕入れに来てくれるのだ。それは単にカフェ・シュワルツェから指示されているに過ぎないのだろうけれど、それでもシャイに会えるのは嬉しかった。
 学校の男の子たちを別にしたら一番身近な男性であるし、成人している彼は当たり前のように、学校の男の子たちよりオトナで魅力的だった。少女であるサシャが憧れるのにはじゅうぶんすぎたといえる。それはほんのりとした、恋心。
 でもまだ『見ているだけでいい』と思っていた。たまにここで会えて、話ができるだけでしあわせだ。
 もうひとくちグラスから飲み物を飲んで、シャイはサシャのほうを見た。
「そうだ、サシャちゃん。今度新作の紅茶が入ったんだよ。試飲に来ない?」
 そんなところに嬉しい誘いをされて、サシャは思わず、ぱっと顔を輝かせていた。
 そんな、バーの外で会えるなど。彼の店に過ぎないが、そしてそんな理由でカフェに誘われたことは何度かあったが、それでもお誘いされれば嬉しい。
「いいの? 行きたいわ」
「そっか、嬉しいな。いつがいいかな。俺は大体いるけども」
 サシャが嬉しそうに良い返事をしてくれたことに、彼も笑みを浮かべる。
「じゃあ……金曜日はどう?」
 思ってサシャはそう提案した。彼の休みは、店が比較的すいている月曜日か、もしくは週のなかばだと知っている。だから週末目前である金曜日なら多分出勤日だろうと思ったのだけど、「ああ、ごめん」と言われてしまった。
「金曜日は普段ならかまわないんだけど、今週の金曜日はちょっと予定があるんだ」
 あら、残念。都合が合わないのね。
 思ってサシャは言いかけたのだが。
「そうなのね。じゃ……」
「ちょっと週末にかけて用があるもんだからね。今週にしてくれるなら、木曜とかどうかな」
 シャイさんが、週末にかけて用事?
 サシャはちょっと不思議に思った。
 週末は当たり前のように、カフェが混む。そこにシャイの休みが入ることなどめったにないことなのだ。
 シャイがカフェでどのような立場なのかは詳しくなかったが、ウェイターとして相当優秀なのは知っている。その彼が抜けたらカフェは多少なりとも大変になるだろうに。しかしそれは突っ込んで聞く領域ではない。
「木曜日でいいわ。学校終わりだから夕方になっちゃうけど、いい?」
「大歓迎だよ。木曜ならすいているしね」
 にこっと笑ってシャイは言ってくれた。そのように約束は成立して、「じゃ、俺はそろそろ仕事に戻るかな」と、ぐいっとグラスの中身を飲みほした。
「ほら、まだ仕事中なんだろう。酒なんぞ煽って仕事なんて、不良め」
 マスターがまたからかってきたけれど、シャイもさっきと同じように笑ってひらひらと手を振る。
「こんなのジュース、ジュース。じゃ、はい。また来ますね」
 紙幣を一枚カウンターに置いて、シャイはここでマスターから買ったであろう、本当の目的物のおつかい品の酒瓶を手にして……今日はブランデーだろうか……「じゃ、木曜に待ってるね」と帰ってしまった。サシャは「ええ。楽しみにしてるわね」とその後ろ姿を見送った。
「シャイくんが来てくれて嬉しいだろう」
 マスターがにやにやとからかってきたけれど、サシャはやっぱり、にこっと笑うのだった。
「シャイさんカッコイイですもんね」
「そうだよなぁ。いい男だよな。どうだい、カレシに」
「もったいないですよー」
 くすくすと笑って「着替えてあがりますね」と言う。もうこんなからかいに乗ったりしない。
 バーで働いて数年。年齢の割にはすれてしまった、と思いつつ。
 それをちょっと物悲しく思いつつも、サシャはグラスの底に少しだけ残っていたシンデレラを見つめた。
 お姫様の名前の付いた、金色のうつくしいカクテル。ほんとうはこのカクテルのように、綺麗な女の子でいたいのだけど。バーで薄っぺらいドレスを着て歌う、安っぽい歌姫、『お姫様モドキ』なんかではなくて。
 でもそんなこと、夢でしかないから。
 うつくしい金色の飲み物を飲み干してしまい、「お疲れ様でした」とバックヤードへ向かうのだった。

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