第七話
ノアは男子生徒たちがパンツを盗む瞬間を、遠くから偶然、目撃していたらしい。彼らは先生にコッテリ絞られたようだ。
初日から波乱万丈だったが、翌日には無事に一件落着
朝のホームルーム前。自分の席で、はぁと一息ついていた。
今後の学園生活の身の振り方を考える前に、とんだ災難に巻き込まれてしまったものだ。十個年下の男の子とどうやったら友達になれるのか、作戦を練る暇もなかった。
とにかく、今日から授業が始まるわけだし、これでようやく、スタートラインに……
「……おい」
昨日の疲れが取れず、朝からすでに無気力になっているわたしに、クソガキ……じゃなかった、デリックが話しかけてきた。
「なによ」
そうだ、昨日はわたしに何か隠し事があるって疑われたところで話が終わったんだった──それを蒸し返しに来たのだろうか。それとも、まだ何か言い争おうって言うんじゃないでしょうね……。
好戦的な目を向けるわたしとは裏腹に、
「その……昨日は、悪かったな」
ぺこり、と長身の彼が、丁寧に腰を折った──一瞬、何が起こったのか、理解できなかった。
デリックが、謝った。
理事長の息子だから、と誰でも彼でもに威張り散らしていたデリックが。
「……いいわよ、別に」
調子が狂う──なんだ、案外可愛いところもあるじゃないの。
わたしは彼を許してあげた。なぜなら、わたしは大人だから。
これからクラスメイトとして良好な関係が築けると言うのなら、昨日までの無礼やら非礼やらは水に流そうじゃないの。
しかし、そんなわたしの思惑は外れた──デリックは、謝罪を受け入れられたと判断するや否や、顔を上げて、
「だが、俺はお前をまだ怪しいと思っているからな。いつか、お前が隠しているものを暴いてやる!」
人差し指をわたしの鼻先に突きつけて、そう宣言した──用は済んだとばかりに、彼は背を向けて自席に戻って行く。
ぽかんとしたまま、わたしはその後ろ姿を見つめることしかできなかった。
……前言撤回。
あいつはクソガキだ。
「アンちゃん、聞いたよ〜! アンちゃんが、デリックくんのパンツ、取り返してあげたんだって〜?」
あまり大声で広めてほしくない内容を口にしながら、入れ替わるように、賑やかなノアが手を振ってやってきた──わたしの席の前で足を止めて、にこりと微笑む。
「アンちゃんって、男兄弟とかいるの?」
「え? いないわ、一人っ子よ」
「へぇ〜! じゃあ、すごいね!」
「な、何が……?」
唐突なノアの質問に、しどろもどろになってしまう。ノアの意図がつかめない。
「同級生の男の下着を触るのに、躊躇いとかないの?」
ぎくりとした。そうか。この年代の子は、ちょうど思春期なんだっけ。
二十六歳のわたしからすれば、十個も年下の少年の下着を触るのに、躊躇いなんかあるわけない──それは、十六歳の少女のすることではなかった。
「え、えぇ……、まぁね」
「ふ〜ん」
たまたま男の下着がどうとか気にしないタイプの少女なんだ、という風を装ったが──彼はわたしの耳元に口を寄せてきて、
「まさか、大人じゃあるまいし」
と、囁いた。
わたしは囁かれた耳を手で押さえ、びっくりしたまま彼を見上げる──ノアは笑顔を崩さないまま、
「ボク、年上のお姉さんって好きだな〜」
あざとく、人差し指を口元に当てた。
……この子、どこまで分かってるんだ?
「……アンさん、何かあったら、いつでもお守りしますからね!」
会話を聞いていたのか、隣の席のコリンが拳を握って見せてくる。
──かくして、十年越しの学園生活が幕を開けたのだった。