2.1日が始まります
「おはよう、ハニー、起きて？」
何か、昨日も体験したことがレーヌに起きているらしい。
レーヌは目を開けたくないな、と正直に思ったが、相手はランメルト王国の第一王子という王族に連なる方である。
たかたが一貴族の娘であるレーヌは王族に逆らうことなどできない。
意を決して薄く目を開けると、やはり昨日と同じ、左手の上に頭を乗せてベッドに横たわり、レーヌを見つめている金色の瞳が見える。
レーヌは顔を下に向けてから、
「あの、殿下？」
と恐る恐る話しかける。
「何かな？ハニー？」
楽し気に答えを返してくるテオドールに、
「あの、ですね、その、女性の寝顔を見るのはやめていただけませんでしょうか？」
「却下」
レーヌの言葉にかぶせるかのように返ってきた言葉に全身の力が抜けるのを感じる。
「今日はまだ起きないのかな？じゃあ、口づけてもいいかな？」
テオドールのその言葉に一瞬で目を開け、ベッドの上に上半身を起こした。
昨日と同じく、ベッドから降りるとテオドールに右手を握られ引きずられるように窓際に置かれているテーブルに向かう。
ただ、昨日と違いテーブルには食事が置いてある。
レーヌは首を傾げ、まじまじとテーブルを見ながら、
(いつの間に準備をしていたのだろうか？)
と心の中で呟く。
それが顔の表情に出ていたのか、テオドールが、
「ああ、これは僕とリアムで準備しました」
あっ、リアムもいるんだ、と部屋の入口を見ると、疲れた顔をしているリアムが立っている。
リアムに軽く会釈をしたら、リアムも軽く会釈を返してくれた。
「さあ、座って？」
とテオドールが椅子を引き、座るように促している。
レーヌが椅子に座ると、テオドールは移動して真向かいの椅子に座る。
テーブルの上は、サラダ、パン、コンソメスープとソーセージと目玉焼きという、定番の朝食メニューが並んでいる。
「では、食べましょうか」
「はい」
レーヌは今日も、寝間着のままここに座っている。
食事をしながらテオドールに、
「あの、殿下？」
とまた声を掛ける。
「何かな？」
にっこりと笑う顔は窓から入る光との相乗効果で、いつもよりきらきらと輝いている。
「あの、恐れながら……」
レーヌが話し始めたとたん、テオドールがむっとした表情になる。
「婚約者なのだから、２人でいる時はもっと気さくに話して？」
その言葉にレーヌは固まる。
「あ、あの、確かに、私は婚約者という役目があるのですが……」
と話しはじめたところで、さらに機嫌の悪い顔になり、
「役目と考えていたら、雰囲気で周りに偽の婚約者だとバレるでしょ？だから、正式な婚約者として普通に接してほしいな」
テオドールの無茶ぶりにめまいを感じながら、
「はい、では、あの、そのように、周りにバレないように頑張ります」
とひきつった顔をしながら答えると、テオドールは一瞬にしてまぶしい笑顔を炸裂させ、
「うん、そうしてくれると嬉しいな。それと、２人でいる時は、テオ、って呼んでほしいな」
王族を愛称で呼べときたか！？レーヌはさらに激しいめまいを感じながら、
「あの、それでは、テ、テ、テオ様に……」
というなり、レーヌの両頬が横に引っ張られ、
「ちゃんと、テオ、って呼んで？」
「ひゃ、ひゃい……」
涙目で返事をしたらレーヌの両頬からテオドールの手が離れたので、改めて、
「あ、あの、テオ……」
と言った瞬間、ぱあっと輝きを増した笑顔を浮かべたテオドールが
「何かな？」
と尋ねてくる。笑顔って圧力も伴うのね……。
「ええっと、あの、その、朝なのですが……」
「あっ、そうだ、まだ言っていなかったけど、今日からここで一緒に朝食を食べることにしたから」
その言葉に、レーヌは驚き固まり、手に持っているカトラリーを落としそうになる。
「毎朝、ハニーの寝顔を見に来るからね」
とものすっごい、いい笑顔で言われてしまい、さらに固まる。
「あっ、食事途中だったね。食べようか？」
テオドールの衝撃発言の数々に、レーヌは頭が真っ白のままこくこく頷き、食事を再開させた。
食後の紅茶もまた、テオドールが準備をしている。
レーヌは一口紅茶を飲むと、テ―カップをテーブルの上にあるソーサーに戻し、先ほど話せなかったことを話そうと口を開く。
「あ、あの、テ、テオ」
レーヌは緊張で若干声が震えながら、テオドールに話しかける。
「ああ、そうだ、食事の時は僕のことばかり話してすみません。ハニーは何か言いたいことがあるのかな？」
にこにことレーヌの目を見ながら聞いてくる。
「あ、はい。あの、朝なのですが、さすがに寝間着で会うということが恥ずかしいので、あの、その、なので、朝、準備をする時間を……」
「却下」
部屋のドア方面から、微かなため息が聞こえてきて、リアムがいることを思い出す。
「僕は一度執務に入ってしまうと、こちらにくる時間の調整ができません。唯一、朝のこの時間だけは自由になるので婚約者となった貴方のことを1分でも1秒でも早く知りたくて会いにくるのです」
テオドールはティーカップを持ったまま真面目な顔でレーヌを真正面に見て、却下の理由を語る。
そこまで言われてしまうと反論ができない。レーヌはため息を吐きながら、
「そうですか……」
と返答し、テーブルに置いたティーカップを持ち、紅茶を一口飲んだ。
しばらくは沈黙が流れていたが、ふと思い出したようにテオドールが口を開く。
「ああ、今日から妃教育が始まるそうです」
その言葉にはっとして、テオドールの顔を見る。
「今までに貴方も貴族女性としての教育を受けていたことかと思いますので、今日の午後からカリキュラムを組むためにレベル確認を行うと、昨日侍女長から聞きました」
「わかりました」
レーヌはこくんと頷いた。
リアムはタイミングを見計らい、ドアから離れ、部屋の中に入ってくると、
「殿下」
と声を掛ける。
「そろそろ、時間になります」
「ああ、もうそんな時間なのか」
落胆が混じる声でリアムに返すと、
「それでは、今日はここで失礼します」
と椅子から立ち上がる。
レーヌも見送りに立とうと思い椅子から立ちあがったが、
「ああ、見送りはしないでください……離れがたくなるので」
最後の言葉は小さな声だったので聞こえなかったが、見送らなくていいとのことなので、その場でテオドールを見送る。
「それでは、また明日」
今までの笑顔と違い、寂しさの混じる笑顔を浮かべ、リアムと共に部屋を出て行った。
ドアが閉まる音が聞こえた途端、ベッドに近寄り、体を沈める。
ベッドの上で大の字になった時、ふと、左手首に着けているブレスレットの存在を思い出す。
「リュカ……元気かな？」
体を起こし、左手のブレスレットを見る。
(そういえば、イニシャルを入れている、って言っていたわよね)
突然思い出し、ブレスレットの剣モチーフを探す。
剣モチーフは留め金の近くに1つだけあり、注意深く見てみると、レーヌのLはわかったのだが、もう1つのイニシャルはTになっている。
(なぜTなの？リュカならRだと思うんだけど……)
それを確認する相手は遠くに行き、すぐに会えない。
(そういえば、領地に帰ると言っていたけど、どこなのかしら？)
あの時、なぜしっかりと確認しなかったのだろうか。
(リュカは私が第一王子と偽りの婚約者になったこと、なんて思うのかな？)
なぜか、リュカのことばかり思い出し、いつの間にか涙が溢れていた。
