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1.イアサント親子のたくらみ

「若造が、ふざけた真似をして……」
 リシャルはぎり、と歯ぎしりをしながら屋敷の執務室で星が瞬く漆黒の空を眺めながら呟いていた。
 
 つい、数刻前。
 愛娘のアデールが泣きながら王城から屋敷に戻ってきた。
 リシャルの執務室に連れて行き、ソファーに座らせ、侍女に温かい飲み物を持ってこさせた。
 一旦侍女たちを下がらせ、アデールの横に座り、背中を撫でなから落ち着くのを待ち、話しを聞かせてもらったが、婚約破棄など許されることではない。

「お父様、あのようなどこの馬の骨かわからない女がテオドール様の妃になるなんて、ありえませんわ!」
 アデールは泣きはらした顔に憤りの表情を浮かべていた。
「テオドール様の妃になるために、邪魔なものを消していったのに……!」
 アデールはきつく唇を噛みしめ、
「私からテオドール様を奪ったあの女を殺してしまいたいですわ!」
 アデールの激しい言葉に、
「まて。今すぐに殺してしまえば、この家が疑われるだろう。計画を立てるのが先になる」
 リシャルは冷静な声で言い、アデールを諫めた。

 リシャルにとってアデールはイアサント侯爵家の大事な一人娘だ。
 宰相という立場もあり、アデールが小さい時から何度か王城に連れていったことがあった。

 アデールが8歳になった時に、2つ年上のテオドール第一王子と引き合わせてみたところ、アデールがテオドール第一王子に好意を寄せているのが手に取るように分かった。
 この時、リシャルに微かな野望が芽生えたと言っていいかもしれない。
 アデールが王家に嫁ぎ、第一王子との間に子が生まれれば王家と外戚関係となる。
 そうなれば、王城での立場は強固なものになる。
 そう考えて、急いでアデールを第一王子と婚約させようとしたのだが、アデールの男性関係が立ちはだかった。

 最初にその噂を聞いたのは、アデールが10歳になる頃だろうか?
 美しいアデールは社交デビューはまだしていないものの、王城に行く度に男性貴族から声を掛けられ、本人も男性貴族達に容姿をほめられ、悪い気がしなかったのか、言い寄ってくる男性達と付き合うようになった。

 その噂がちらほらとリシャルに届きはじめたので、アデールに確認したところ、付き合っていない、ただ、話し相手をしてあげているだけだと言い放った。
 リシャルはその言葉を信じ、噂を立てた貴族に少し痛い目に合わせて黙らせた。
 
 だが、ある日。
 アデールは深刻な顔で相談があると言って屋敷の執務室に入ってきた。
 とある男性貴族にしつこく結婚を迫られていて困ると話した。
 リシャルは頭を抱えてしまった。
 アデールにはなんとしても、第一王子と婚姻し、子を成してもらわなければならない。
 それならば邪魔をするものは消してしまえと思った。と、同時にアデールにも反省を促す意味で1つの提案をした。
「庭にある花から抽出した液体をアルコールで割った毒薬を作る。その毒薬を男性に飲ませろ」
 毒薬、という言葉にアデールはショックを受け、顔から血の気が引き、微かに震えている。
「自分が安易にとった行動の結果だ。その男性に一生付きまとわれ、テオドール第一王子と婚姻できなくていいのか?」
 アデールはすぐに首を横にふり、婚姻するのなら、地位のあるテオドールがいい、と迷いなく言った。
「それならやるしかないだろう?」
 アデールは青い顔に少し涙を浮かべたが躊躇いながらも頷いた。
 
 翌日の早朝、リシャルは庭に咲いているジキタリスの葉を大量に摘み、すりつぶして液体にしてからアルコール度数の高い酒で割った。
 ジキタリスの葉は苦みが強いのでそれをごまかすために砂糖と苺の果汁を混ぜたのをガラスの容器に入れてアデールに渡した。

 アデールに毒薬を渡した日から2日後に1人の男性が酒に酔い、ユルバンを流れる川に落ちたと話しを聞いた。
 その結果にリシャルはほっと胸をなでおろしたが、アデールは懲りずに、それからも同じような相談がありその都度、この毒薬を作り男性2名を殺した。

 1日も早くテオドール第一王子の婚約者にしなければと思った矢先に、テオドール第一王子が婚約したい女性を選んだと聞いた。

 その情報が確かなことなのか探ってみると、正しい情報だった。
 なんとしても、この婚約を潰さなければ、と思った時にアンリ国王の弱みを握ることができた。
 その弱みと引き換えに無事にアデールを婚約者として周知し、あとは婚姻を待つばかりとなっていた時の婚約破棄だ。

「お父様、どうしますの?」
 アデールが涙あとの残る顔に期待のこもったまなざしをリシャルに向ける。
「ああ、その前に確認があるのだが」
「なんでしょうか?」
「テオドール殿下の新しい婚約者の名前は憶えているか?」
 アデールは少し考えると、
「たしか、レーヌ・アストリ、と言っていましたわ」
 その名前に聞き覚えがあった。
「そうか、アストリ公爵家の娘か……」
 爵位で言えばアストリ家のほうが上である。通常なら立ち向かえる相手ではない。
「レーヌ嬢は警護団にいたな?」
「そのようですわね。詳しくは知りませんが」
 アデールが冷たい声で返すと、
「わかった。これから準備をする。できたのなら報告するからそれまで部屋で待っていなさい」
 素直に頷き、アデールは自分の部屋に帰っていった。

 アデールが部屋から出ていったのを確認したリシャルは本棚に近づき、1冊の本を取り出した。
 その本は魔物と契約を結ぶ方法が記されている本だ。
 なぜこのような本がここにあるかわからないが、今手元にあるのが僥倖だった。
 しっかりと読み込み、自分の身の回りに危害の及ぶことがないことを確認すると、リシャルは実行に移すために小型のナイフを懐に入れ、屋敷の北東側にある暗闇に向かった。
 その場所で呪文を唱えながら、持ってきた小型のナイフを使い指先をわずかに傷つけ少量の血を流し大地に滴り落とす。

 どのくらいの時間が経ったのか定かではないのだが、気づけば目の前に暗闇の中にうごめく何かを感じた。
「なぜ我を呼び出した?」
 暗闇から声が聞こえる。リシャルはその声にはっきりと答える。
「この国を潰すために」
 暗闇の中から返答がすぐに返ってこなかった。
 失敗したか?と思った矢先に、突如、
「そなたの血は極上だ。その願い、しかと受け取った。我が一族を呼び出す場合、この魔法の書を使うがいい」
 と暗闇から1冊の本が現れた。
「その書を開き、強く念じよ。そうすればどこでもそなたの呼び出しに答える」
 そこまで言うと、暗闇のうごめきがなくなり、静かな夜の闇になった。
「感謝する」
 と一言つぶやき、自室に戻った。

 リシャルの計画をアデールに伝えたのは翌日、朝食後になった。
 執務室のソファーで真向かいに座り、食後の紅茶を飲みながら計画を伝える。
「しばらくは大人しくしていろ。そして時期を見計らい、魔物を呼び出して王城を襲い、レーヌ嬢が弱ったところを誘拐し、いつもの毒薬で殺害する」
 アデールは顔色を変えることなく、紅茶を飲みながら聞いている。
「その後、時期をみてアデールと婚約を結びなおすようにアンリ国王に話す」
 アデールはテオドール第一王子と婚姻できる希望が出てきたことに喜びを感じるが、公衆の面前で恥をかかされたことについて、
「テオドール様にも何かお仕置きしたいですわ」
 と笑顔で言う。
「わかった。それについては調べておくからまかせてほしい」
 父のその言葉にアデールは満面の笑みを浮かべた。
「ふふっ、早く私だけのものにしてしまいたいですわ」
 テオドール第一王子のことを思っているのか、うっとりとした顔で呟く愛娘にリシャルは頼もしく見つめていた。

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