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5.事情説明の朝です

 レーヌはぼんやりと朝の光を感じていた。
 いつもよりも眩しく感じて、ゆっくりと目を開ける。

「おはよう、ハニー」
 完全に覚醒していない時に遠くからの男性の声に、
「おはようございます……」
 と返したが、レーヌはそこで、昨日の慰労会の後のことを思い出した。

 リアムに連れられてきたこの部屋に侍女が3人いて、ドレスを脱がされ、湯あみをさせてもらったあとは1人で部屋にいたはずだ。

 それなのになぜ男性の声が聞こえるのかしら、と完全に目を開けると、昨日初めて見た第一王子のテオドールが左手で頭を支えながら横になっている姿がすぐ近くにあった。
「きゃあ……」
 と悲鳴を上げそうになったところで、テオドールの右手で口を塞がれた。
 レーヌは驚きで固まりそのままテオドールを見ていた。
「寝顔、かわいいね」
 にっこりと笑顔で言われ、レーヌは恥ずかしくなり顔が赤くなってしまった。
「照れているの?ふふ、その顔もかわいいね」
 テオドールの言葉に何も言い返せずに、ただ見つめるだけになってしまう。
「殿下」
 とそこに別の男性のいらっとした声が聞こえてきた。
 体を半分ひねり、後ろを向くと、リアムが部屋の入口に立っていて、呆れたような顔でこちらを見ていた。
「ちょっとまって、リアムまでなぜこの部屋にいるの!?」
「殿下の付き添いですよ」
「で、でも、寝ている間に女性の部屋に入るなんて……!」
 と抗議をしたが、突然顔を両手で挟まれ、至近距離でテオドールの顔を見ることになった。
「とりあえず起きようか、ハニー」
 と抱き合うような恰好で上半身を起こされ、寝間着のまま手を繋がれ窓際にあるテーブルに案内される。

 昨日の3人の侍女さんがどこから来たのかよくわからないけど、ワゴンにポットを乗せて、窓際のテーブルに現れた。
 3人は手際よく紅茶を入れると、テオドールの合図で部屋から出て行った。

「事情は早めに説明したほうがいいかな、と思って朝の執務前にきました」
 テオドールは先ほどの雰囲気とは変わり、王族としての雰囲気を漂わせながら紅茶を飲み、ここに来た理由を説明している。
「事情?」
 レーヌも紅茶を飲みながら、テオドールを見つめる。
「どこから説明したらいいかな……」
 テオドールは悩みながら、少しずつ話し始める。
「昨日の婚約破棄となったきっかけはアデールとの婚約から始まる。アデールとは3年前……私が15の時に突然決められた婚約だった。もちろん、王族であるから結婚は必ずしなければならないことは承知していたのだが、私は別の女性との婚約を望んでおり、父にも相談し、しっかりと身元調査もしたところ問題ない、ということでその女性の両親を城に呼び出し、話しをつけようと思っていた矢先のアデールとの婚約だった」
 テオドールは暗い表情になり、話しを続ける。
「当然、父に抗議をした。父も認めた婚約者がいたのになぜかと」
 レーヌはじっと聞いている。
「父は申し訳ない、と繰返すばかりで一向に説明をしない」
 テオドールはその時を思い出したのか、苦い顔をしている。
「この突然の婚約についてリアムに相談をしたところ、それならアデールとの婚約に至った経緯を調べてみようということになった。日々少しずつ調べていったところ、何かしらの思惑で、この国の宰相であるリシャル・イアサントが急いで自分の娘のアデールとの婚約を結んだという背景が見えてきたのだが、その思惑はまだ、確とした証拠がなく私の妄想だと言われてしまう段階なのだ」
 テオドールは再び紅茶を飲み、一息つくと続きを話す。
「そこでリアムとも再度相談した結果、アデールとの婚約を破棄し、リシャル宰相がどのように動くか様子を見ようということになった」
 レーヌは静かに聞いていたが、どこがどうなって自分が婚約者として名指しされたのか、見えてこなかった。
 意を決して、テオドールの金色の瞳を見つめ、
「殿下、質問してもよろしいでしょうか?」
 と尋ねた。テオドールが頷いたのを肯定ととらえ、疑問を投げかけた。
「私と婚約した意図はなんでしょうか?」
 テオドールは静かにレーヌの瞳を見つめる。
「貴方が自分の体を張って人間を助けた、とリアムから聞いた」
 それは、慰労会でも聞いた話しだ。
「それこそが王族としてあるべき姿だと思った」
 近いことは慰労会でも聞いた。
「だが、アデールは人を殺した容疑がある。それも確実な証拠が少ないため、このままでは婚約破棄を申し入れることまではできない」
 聞き捨てならない一言をさらっと言ってきた。
「だから、貴方の話をアデールに聞かせて国妃としての素質を問うた上で婚約破棄をあの場で申し伝えた。かなり動揺していたから、心当たりがあるのだろうね」
 軽く言った。
「そして、私はいまだに婚約者にと望んでいる人がいる。リシャル宰相のことが片付けばまた父にそのことを伝える予定だ」
 レーヌは首を傾げてしまう。
 それは、つまり……?
「リシャル親子の思惑と犯罪を調査するためということがひとつ。そして、私が望む女性との婚約が無事に結ばれるために偽の婚約者になってほしい、ということだ。ただ、これについては貴方のご両親も了承している」
 両親までこの計画に加担していたとは……。レーヌは驚きのあまり、何も言えずにテオドールの金色の瞳を見ていると、
「リシャル宰相は国が警護団を持つことに反対している。この件が片付けば、私の名のもとに各町にある警護団を国の組織として編成する用意がある」
 レーヌはその言葉に目を輝かせる。
 国の組織となったら、寄付金を町の方から頂かなくても平和を維持する活動に専念できるし、無職となった人の受け皿としても有効になるはずだ。
 レーヌは頷くと、
「殿下の偽婚約者として協力し、すべて解決した後に警護団が国の組織となるのなら、私は喜んでこの役目を全うさせて頂きます」
 テオドールはその言葉を嬉しそうに聞いていた。
「ふふ、では、これからよろしくね、ハニー」
「ええっと……」
「期間限定とはいえ婚約者となったのだから、周りにそう思わせないと」
 と極上の笑顔で話すテオドールに苦笑いを返すのが精いっぱいだった。

「さて、これからについて話そう」
 テオドールはティーカップをテーブルの上に置いて話し始める。
「警護団については今まで通り参加してほしい」
 レーヌは頷く。
「偽とはいえ、婚約者になったので、ある程度はこちらの執務に付き合ってもらう。そのために妃教育も施す」
 それを聞いて顔色をなくすレーヌ。
「討伐任務に使う馬は貴方の愛馬をアストリ家から、今日、貴方が使う衣装とともに到着します」
 その言葉にはっとしたレーヌは自分が今、寝間着姿なのを思い出した。
 顔を赤くして悲鳴をあげたレーヌをテオドールは楽しそうに見つめ、
「今日からよろしくね、ハニー」
 にっこりといい笑顔でそう言うと、
「これから執務が始まるから失礼する」
 と言って、部屋を出ていった。

 レーヌの部屋から出たテオドールは少し不安げな表情になりリアムに、
「リシャルがなにかしらレーヌに危害を加えることが予想されているいま、警護をしっかりと頼む」
 リアムはテオドールの不安を感じ、安心させるように大きく頷いてテオドールと共に執務室へと向かっていった。

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