5.幼馴染とお茶会です
突然、泣き始めたレーヌを見て、アラベルも戸惑いながらも背中を撫でてくれた。
しばらくそうしていると、ドアをノックする音とともに執事のルーの声が聞こえた。
「お嬢様、イネスさまがお越しになっています。いかが致しますか?」
「イネスが?……わかりました。応接室で待っていただくようにお願い致します」
「はい」
まだ涙は出ているが、イネスと話せば落ち着くかもしれない。
そう思ったレーヌは少ししゃくりあげながら、
「アラベルありがとう。化粧を直してくれないかしら?」
アラベルは心配そうな表情を浮かべているものの、すぐに化粧道具を用意し崩れたところを直していった。
「本当は目元を冷やしたかったのですけど……」
「時間がないから、大丈夫だわ。じゃあ、行きますね」
とソファーから立ち上がり、部屋を出て1階の応接間に向かった。
「レーヌ、ごきげんよう……でもないかしら?」
応接室に到着したレーヌの顔を見て驚いた声で話しかけられた。
「イネス、ごきげんよう。ちょっとゴミが目に入ってしまって……」
リュカのことで泣いていたと言えなくて、とっさにごまかした。
「そうでしたの?もう大丈夫なのかしら?」
「ええ」
無理に作り笑いを浮かべて、イネスの向かいのソファーに座る。
イネス・ヤスミンは隣の屋敷に住む、レーヌの幼馴染である。
親同士の仲が良く、お互いの屋敷を行き来するうちに仲良くなっていった。
プラチナブロンドに黒い瞳をもつ、聡明な女性で、年齢も同じということもあり、親がいなくても、2人だけでお茶を飲みながら話をすることが多い。
「イネス、急にどうしたの?」
「あら、いやだわ。レーヌの顔を見にきただけなのに」
ちょっとむくれて答えたイネスをみて、少し笑ってしまった。
「ふふっ。昨日の討伐もあったので、少し話したかったのですわ」
魔物退治は心が強くないと難しい。
目の前で人が魔物に殺されるのを見ることもあるし、レーヌのようにけがを負うことだってある。
魔物討伐後は精神の不調が現れないよう、身近な人と何気ない日常会話を毎日することを警護団では推奨している。
「そういえば、そろそろ毎月の恒例行事の治療会の日よね?」
レーヌは湯気の出ている紅茶をのみながら、イネスに話しかける。
ところがイネスはこの場に出ているクッキーを頬張り、幸せそうな顔をしている。
「この焼き菓子、どこかで購入してきたのかしら?」
レーヌはルーに視線を向けると、
「今日お出ししているのは当家で作ったものにございます」
とルーが返した。
「アストリ家、最高!」
イネスは焼き菓子を目を輝かせながら見つめた後に、まじめな顔になり、
「持ち帰りたいのですが、よろしくて?」
とルーに確認している。
「了解いたしました。では、用意させますので、お待ちください」
ルーの言葉に
「やったわ!」
とイネスがぐっと、こぶしを握り、小さく動かした。その姿を確認したルーは背中を向けて笑いをこらえるとそのまま応接室を出て行った。
そしてレーヌに向き直り、
「何をお話ししていたのかしら?」
「恒例行事についてですわ」
イネスが澄ました顔で紅茶を飲みながら、
「ああ、そうね。毎月最終日曜日に実施ですから。来週の定例会で決まると思いますわ」
治療会とは、その名の通りで、町の人から寄付金をもらっている警護団の魔法部隊が寄付のお礼にと月に1度だけ町の中心部にある教会で、町の人に治療魔法をかける会なのだ。
「このまま、穏やかに当日を迎えてほしいですわ」
イネスは少し不安な表情を見せる。治療魔法が使える警護団員がすべて出席するのだが、その前日に魔物が出て魔法を使うことになったら、翌日の治療会を万全の状態で挑むことができなくなる。
それは避けたいことではあるが、魔物に人間に事情など通用しない。
ただひたすら、魔物が出ないよう願うしかない。
しばらく話しているうちにルーがきて、焼き菓子ができあがったことを告げた。
それを聞いたイネスは、
「そろそろ戻りますわ」
とレーヌに告げた。
イネスと一緒に応接室を出て、玄関に向かうと、ルーが紙袋を両手に抱えて待っていた。
「イネス様、こちらをどうぞ」
と紙袋を渡すと、
「ありがとうございます。家に戻り両親と食べますわ。それでは、ごきげんよう」
と足取り軽く、馬車に乗り込んで隣の屋敷に帰っていった。