4.花束に思いを込めて
魔物退治の翌日は昼頃まで眠って疲れをとるけれど、今日はリュカがくるので、午前の遅めの時間に起こされて、湯あみから1日スタートとなる。
やはり、少し疲れが残っているのか、湯あみをしながら眠ってしまった。
アラベルも事情は分かっているので、一言も話すことなく、てきぱきと湯あみを終えて、ガウンだけ着せたレーヌをソファーに座らせたあと、クローゼットに入り今日着ていくドレスを選んできた。
今日のドレスは薄いクリーム色の長袖のドレスで、スカートの部分は白いレースを幾重にも重ねてふんわりとしている。
髪はハーフアップにして、白いレースのリボンを飾り、顔にも化粧を軽く施して準備を終えた。
その時、ドアをノックする音が聞こえ、アラベルが返答すると執事のルーからで、リュカが応接室にきているが、父親と話すので、終わり次第、迎えにきます、ということだった。
レーヌはソファーに座りぼんやりとしながら聞いていたけど、少し時間があるな、と思ったらあっという間に眠ってしまった。
「お嬢様、起きてください」
アラベルの穏やかな声が聞こえてきて目が覚める。
「とりあえず、口の周りの涎をぬぐいますね」
クスクス笑う声にすっきりと目が覚めた。
少し化粧を直し、1階の応接室に向かうためドアの前にいるルーの後について行った。
応接室のドアをノックすると父親のマルクの声が聞こえ、レーヌが到着したことを告げると、中に入るように、ということなので、ドアを開けてもらい、応接室の中に入った。
2人はテーブルをはさんで向かい合って座っており、こちらを見ていた。
応接室の奥に座っているのが、リュカで、真っ黒な短めの髪が窓から入る光できらきらと輝いている。瞳は金色で、今は嬉しそうに目を細め、こちらを見ている。
ぼーとして見惚れていると、ルーのごほん、というわざとらしい咳払いが聞こえ現実に戻る。
慌てて軽く膝をおり頭を下げ、
「おひさしぶりでございます、リュカ様」
と挨拶をした。
リュカもソファーから立ち上がると、挨拶をした。
「では、わたしはここで失礼する」
あっ、父親がいたんだ、と気づき、
「お父様」
と声を掛けて顔を見たが、心なしか機嫌のよさそうな顔だった。
レーヌの顔を見ながら肩を軽く叩くと、ルーとアラベルに目配せをして、一緒に出て行ってしまった。
応接間にはリュカと２人だけになってしまった。
「昨日はお疲れさまでした」
「あら？いらっしゃったのですか？」
「レーヌが炎を投げているところは目撃しました。助けに行こうかと思ったら突然ドラゴンが方向転換したから地上で見守っていました」
「そうでしたの……」
「ああ、そうだ」
と思い出したようにソファーの上に置いていた花束を持ってきた。
「これをあなたに」
と真っ白な星形の花アングレカムと真っ白なアスターの花束を渡してくれた。
「とてもかわいいお花ですわ。いつもありがとうございます」
リュカはずっとレーヌを見つめている。
その視線に気づき、
「あの、何か？」
「ああ、すみません」
と慌てて視線を外すと、ためらいがちに、
「実は、近々、遠いところにある領地に帰ることになりまして……」
と目を伏せた。
「そうなのですか？」
レーヌはなぜが、胸が痛む。
「ええ。それで今日はご挨拶とあと、これを」
とグレーのジャケットのポケットから小さな包みを出した。
レーヌは花束を胸に抱えながら、首を傾げてリュカを見る。
「今までのお礼を込めて、ブレスレットを誂えました」
箱に入っていたのは、銀製で、星と月のモチーフと、なぜか剣モチーフも入っている。
「時折でいいので、僕を思い出してくれたらと、剣のモチーフを入れました……実は僕も同じものを誂えたのです。剣にはレーヌと僕のイニシャルを一文字ずつ入れてあります」
ちょっとはにかんで説明してくれる。
リュカは箱から出すと、金具を取り、レーヌの左手首に着けてくれた。
「これは、あなたと僕だけしか持っていません。こちらの剣にもイニシャルを入れてあります」
と、リュカは左側の袖を少しまくりあげレーヌに見せる。
「……ありがとうございます。大切に致しますね」
レーヌは涙があふれそうになったが、口を噛みしめ、こらえた。
リュカは左手をとり、手の甲にキスを落とすと、
「そろそろ時間なので……」
と左手を一度ぎゅっと握り、静かにおろすと、ためらいながら今まではしたことのない軽いハグをしてきた。
レーヌが驚いていると、すぐに開放され、そのまま左手を握るとドアに向かって歩き出す。
レーヌは何か言わなきゃと思いつつ、何も言葉にできずに一緒に歩いていく。
応接室を出て、そのまま玄関へと向かうと、父親とルーが待っていた。
２人ともちらっと、繋がれた手を見たけど、そこには触れずに、
「お戻りになられてもお元気で」
と父親はリュカに挨拶をする。
「ありがとうございます」
名残惜し気にリュカは手を離すと、突然レーヌの耳元に口を寄せ、
「僕の気持ちは花束に込めました」
とだけ言うと、一礼をしてあっという間に出ていってしまった。
どこからか出てきたアラベルに声を掛けられて、現実に戻る。
「お嬢様？お部屋に戻りましょう？」
と言われて、こくんと頷いた。
部屋に戻り、リュカからもらった花束を花瓶に飾った。
その様子を眺めていると、先ほどの言葉がよみがえってきた。
『僕の気持ちは花束に込めました』
声に出ていたのか、アラベルがこちらに顔を向けた。とまた、花に目を戻す。
「アングレカムとアスタ―？」
アラベルは何かを考えるように、俯くと、部屋の中にある、花言葉の本を持ってレーヌの近くに寄る。
「お嬢様、アングレカムの花言葉は……えっ！？」
アラベルの顔が突然赤らむ。
「どうしたの？」
アラベルは何度か深呼吸してから、
「アングレカムの花言葉は、永遠にあなたと一緒、ですって。アスターの花言葉は……私を信じてください、ですって」
アラベルは小さな声で、きゃあ～と本に顔をうずめてじたばたしている。
レーヌは理解できずに、花言葉だけを呟く。
「永遠にあなたと一緒、私を信じて」
ゆっくりと呟く。
花束に込めた思いは……。
そこまで考えて、レーヌも顔が赤くなる。
「で、でも、もう会えない人なのに……」
その言葉が口からもれた瞬間、レーヌの目から涙がこぼれて落ちてきた。
「えっ……」
とめどなく流れる涙に、ただただ、惑うしかなかった。
