いけにえ3
旅支度をするのだろうと思った。
一人きりで旅をしたことは無い。いつでも使用人がついて来てくれた。
けれど今回ばかりは一人の道ゆきとしたかった。
私を謁見の間から案内した文官さんは「その必要はありません」ときっぱりと言った。
両親との別れも惜しませてくれないのだろうか。
「こちらでお待ちください」
そう言われたのは建物の間にある中庭の様な場所の小さなベンチだった。
ベンチと言っても、うちの屋敷にある様な木製の物ではなく、綺麗な彫刻が施された石製のものだ。
戦争になった時に資材や馬のために、こういった中庭の様なスペースがあることは知っている。
けれど、そこに今私が待たされることの意味は良く分からない。
綺麗な花が咲いているけれど、今はそれをめでる気持ちにはなれない。
小鳥がさえずっている。
太陽が出ていて、植えられた木々が木陰を作っている。美しく手入れされた美しい庭なのにも関わらず、心を動かすことができない。
手が相変わらず小刻みに震えている。
父は大臣に呼ばれてここには居ない。
完全に独りぼっちだ。
泣いてもいいかな? なんて一人で思ってしまう。
でも、泣いてしまったら多分止められないし、最後に父にあった時に涙の跡が残っているのは嫌なので耐えている。
鳥の鳴き声が、ぴたりとやんだ。
一瞬なんの音もしなくなったと錯覚するような静寂が訪れる。
人の気配に、顔を上げるとそこには、聖女であるとされるリゼッタ嬢がいた。
彼女は白に近いアイボリーのドレスを身にまとっていて、まるで絵画で描かれる天使様の様に見えた。
惨めな私と、綺麗な聖女様。
透き通るような白い肌が薄い色合いのドレスによく似合っている。
どこかのお姫様だと言われても、多分そのまま信じてしまうくらいにリゼッタは綺麗だった。
そのリゼッタが一瞬表情をこわばらせる。けれど、それはすぐ、優しくほどける。
微笑みを浮かべて「お久しぶりですね」と声をかけられる。
彼女はこの国の最も古くからある貴族の家門の人間だ。
慌てて立ち上がって礼をしようとしたところで止められる。
「そういう形式ばった事はいらないわ」
ふんわりと笑顔を浮かべるリゼッタは「お隣、いいかしら」と言いながら私の座っていたベンチの横に腰を下ろす。
これで地の国に連れていかれて用なしになる私と話しても価値が無い。
そんな事リゼッタだって分かっている筈なのに、彼女は私の横のベンチに腰を下ろすとこちらをみて優しくほほ笑んだ。
それから私の目をしっかりと見つめた。