いけにえ4
「いい、どんなことがあっても希望を捨てちゃだめだし、諦めちゃだめよ」
リゼッタは子供の頃と同じ口調で私に話しかけた。
「これは私がずっと自分に言い聞かせている事なの」
ニッコリと美しい笑顔をリゼッタは私にそう言った。
「リズ……」
思わず小さい時に言っていた愛称で名前を呼んでしまった。
彼女がそんな風に思うことがあるなんてこと自体が驚きだった。
その位彼女の人生には必要のない言葉に思えた。
彼女がそう思ったことは無いのに私にそう伝えてくれたのならそれは、彼女が優しいからなのだろう。
けれど、あの一瞬唇をかむ様な表情。あれが頭から離れない。
まるで、リゼッタが何かを諦めない様にしがみついていなければならないという顔。
何にしがみついていなければならないのか。
そう聞きたかったけれど、それはかなわなかった。
「ああ、こちらにいらっしゃいましたか」
魔法使いがこちらを睨みつける様にした。
「友人と少し雑談をしていただけです。
……きちんとお約束は守っている筈です」
リゼッタの声が固い。
「勿論でございます。
あなたも、この国の安定と繁栄を願っているという事はわたくしも勿論」
ローブの魔法使いが猫撫で声で言う。この二人の立場がよく分からなかった。
リゼッタは国に選ばれた聖女ではなかったのか。
その彼女の扱いが不思議に思えた。
「……部屋に戻ります」
リゼッタは静かにそう言う。
立ち上がった彼女と視線が合う。
その視線には確かな意思の様なものがこもっていた。
けれど、その意味はまるでつかめない。
ただ、私はリゼッタさんを見ても、ずるいとは思わなかった。それは不思議だった。
なんで私だけとは思っている。なのに、リゼッタさんに対してはそんな同情っぽいことを言ってとは思わなかった。
悔しいとは思っている。理不尽だとも思っている。けれど、聖女という存在を恨まなくて済んだ。
それがなぜだかは自分でも分からないけれど、彼女を恨まないで済んだという事は、多分この国も恨まないで済む。
自分の生まれた国。そして、これからも家族が生きていく国なのだから恨まないでいける方がきっと幸せだ。
手の震えは止まっていた。
名を呼ばれる。
文官を複数人連れた大臣が私を呼んでいる。
そこには父もいた。
いよいよどこかに向かうのだろう。旅支度をそれほどしていない。
そもそも魔法の使えない私はこの世界で一人放り出されて生きていけるのかも怪しい。
「陛下がお待ちです」
説明は何も無かった。
「地の国に向かうのでは?」
話を勝手にするのは不作法だと知っていたけれど止められなかった。
「はい、地の国へと繋がる“門”の扉の鍵は陛下がお持ちですから」
まいりましょう、と促される。
その門はまるでとても近くにある様な言い方が不思議だった。