第2章-1 エレメンツハンター学の教授は常に忙しい
「ふっはっはっははーー、今日はコウゲイシでなく、サムライのシミュレーション演習を実施するぞぉおおお」
朝からテンション高めなゴウが、椅子から立ち上がって宣言した。
オレの両脇から拍手が起こる。
翔太と千沙からだけだった。
ゴウ達がいるシミュレーションルームには、エレメンツ学科60人が全員集合していたにもかかわらず・・・。
総勢で約100名が。シミュレーションルームの中央にある扇形の講義用スペースに集まり、イスに座っているにもかかわらず・・・だった。生徒以外には、史帆とエンジニア20名。シミュレーターのインストラクターが15名。それと、シミュレーションルームのお披露目を兼ねて、風姫とジン、彩香を呼んでいた。
このシミュレーションルームは、天井まで10メートル以上、幅50メートル、奥行き100メートルもある。そして高さ5メートル、幅3メートル×8メートルのサムライのシミュレーター20基が、片側の100メートルの壁に沿って整然と並んでいた。
反対側の中央には、シミュレーション用コンピューター群と、翔太専用のシミュレーターが置いてある。
翔太専用のシミュレーターは無論、複数機体を操縦できるよう新開グループのエンジニアがカスタマイズしてある。そのため、サムライのシミュレーターの倍以上の大きさになっていたが・・・。
翔太のシミュレーターが設置してある壁側は、7割ぐらい空きスペースとなっているが、8月に設置工事の予定がある。ここには、2基の恒星間宇宙船用シミュレーターを設置するのだ。
「ふむ、盛り上がらないな。まあ、良いか・・・」
扇の要にいるゴウへと、昔馴染みのトレジャーハンターから大声の質問が飛ぶ。
「お宝屋ぁあ。なんで、サムライのシミュレーションが講義にある? ワイらはエレメンツハンターとやらになんだろ?」
横にいるゴウへと視線を向け、オレは文句を口にする。
「ゴウ。その説明もしてねぇーのかよ」
演習の最初から、段取りの悪さが露呈していた。
2人ともトレジャーハンティングなら、このような事態には陥らないのだが、教授1年目・・・というより、2ヶ月しか経っていない。
「うむ、それは仕方ないな。急に決まったからだぞ」
「急に決めたのはゴウだぜ」
「賛成したのはアキトだぞ」
千沙の実力を理解せず講義内容をバカにし、コウゲイシのシミュレーションを適当にやってる生徒がいる。
それは、士官学校を卒業し任官した軍人から10人が選抜され、ルリタテハ王立大学エレメンツ学科に編入されてきた者逹だった。選抜されたメンバーはパイロット候補生として非常に優秀だが、彼らは多かれ少なかれエレメンツ学科に通うのを快く思っていないらしい。
士官学校では人型兵器”サムライ”の実機実習もあったため、作業機械”コウゲイシ”のシミュレーションは、児戯にも等しいと考えているようだった。
翔太がコウゲイシのシミュレーション実習を見学に呼ばれ、冷やかし半分で行った時、選抜軍人6人の態度が非常に悪かったらしい。あの陽気で人を食ったような翔太が気に障り、シミュレーションで叩きのめしてやろうと、あと少しで行動するとこだったと本人談だ。
翔太のシミュレーションへの参加を、流石にゴウは許可しなかったのだ。
エレメンツハンティングの講義で彼らは、不真面目な表情ながら大人しくしているので我慢していた。しかし、翔太から千沙に対する態度を聞いたオレは、即座に選抜軍人へと鉄槌を下す決心をした。
純真で人が良い千沙は、優しすぎる。
オレが千沙にも話を聞いた。そしたら千沙は、選抜軍人がコウゲイシのシミュレーション実習で、及第点を取れるなら問題としないつもりだというのだ。
なぜなら人には限界があり、全ての物事に対して、全力で取り組むのは不可能。
そしてルリタテハの大学では、留年イコール退学となる。
だから全力で取り組むべきは、苦手分野に対してだと・・・。
千沙はトレジャーハンターとしての危機管理はできるが、他人を信じることから始める。だからか、コウゲイシのシミュレーション実習を不真面目に受講しているのは、千沙を軽視し、侮り、舐めているからと考えようともしない。
昨日の朝、ゴウは提案があるとオレと翔太に話しかけてきた。その提案が、今日のサムライのシミュレーション演習だった。
ああいう手合いは、実力をもって、オレ達が上だと理解させるのが手っ取り早いと考えてる。
結果として、ゴウの掌の上でオレと翔太は、壮大で華麗な踊りを披露することになったのだが不満はない。徹底的に実力差を分からせ、プライドをボロボロにしてやる。
オレはサムライのシミュレーション演習の意義を説明し始める。
「ダークマター惑星に向かう途中に、ダークエナジーの海に漂うダークマター小惑星帯・・・ダークマターハローがある。そこを通過するのに、ダークマターから宇宙船を手打鉦で防御する。だけど手打鉦は推進力に欠け、小惑星の軌道を逸らしきれないケースがでてくる。そこで、だ。手打鉦の内側にサムライが入って、メインエンジンと各部スラスターの推進力で小惑星を弾き飛ばす。まあ、宇宙船への衝突コースから逸らすための特攻隊だな。ああ、言っとくけど、宇宙船が自らコースを変更するのは最後の手段だぜ。それが理解できないのはヤツは、後で千沙かトレジャーハンターに訊くか自分で調べるように。ここは大学だから、その分野の常識を一々説明しない」
オレは選抜軍人A~Jが戸惑っている姿を見て、ほくそ笑み、落ち着く前に畳み込む。
彼らに向かって話しかける。
「後期からダークマターハローのシミュレーションを始めるが、サムライの動作を熟知しているのはキミ達しかいない。だから今日、サムライの戦闘を他の人には見学してもらう。キミ達8人2小隊を1チームとする。さあ、宇宙空間での8機対8機のシミュレーションだ。時間が足りないからメンバー8人をすぐに決めて後ろのシミュレーター・・・どれでもいいから乗って、10分でシミュレーターの準備を完了させるように」
シミュレーターによるルーラーリングの適合率調整処理に5分はかかる。実戦ではパイロット1人に1機体が割り当てられている。しかしシミュレーターは複数人が使用するため、適合率調整処理が必要なのだ。
サムライの機体、兵装、オプションの選択、チェックの時間を入れると10分でギリギリだろう。
シミュレーターに乗らない残った2人が、アキトの下にやってきた。
「質問があります。8機隊8機ということですが、自分達以外の後6人はどなたになるのでしょうか? 簡単にでもブリーフィングをしたいと愚考しております」
アキトは立てた親指で自分の指してから、翔太に向けた。
「はっ?」
「まあ、キミ達は見学してればいいんだぜ」
それだけで生徒の大半・・・トレジャーハンター達と新開グループの研究者達が盛り上がった。
「翔太のセミコントロールマルチアジャストか」
「おおー!」
「初めて見るな」
「2つ名は人外君だっけか?」
「そりゃあ、楽しみだ」
トレジャーハンター達は噂に聴く翔太のセミコントロールマルチアジャストに興味津々のようだ。翻って、新開グループからエレメンツハンター学科に送り込まれたメンバー・・・新開グループの学生たち・・・は、技術的な視点で盛り上がり、エンジニアに矢継ぎ早に質問する。
「適合率は表示できるのかな」
「操縦風景は表示できるのかい?」
「セミコントロールのタイムスケジュールをパイロットが調整できるようにしているって本当か?」
「重力波通信装置のシミュレーション再現度はどのくらいだ。それと何機までいける」
翔太は自分専用のシミュレーターに乗り込みんだ。オレも、巨大なシミュレーションコンピューター群の横に、ヒッソリと設置してある自分専用のシミュレーターへと足を運ぶ。
さて、と・・・実戦も経験していない思い上がった士官学校あがりのパイロットに、実戦経験のあるトレジャーハンターの実力を見せてやるぜ。
アキトが心の中で呟いた内容は、普通ではあり得ない。
まず、トレジャーハンターが実戦を経験していること。次に士官学校のパイロットコースを卒業した軍人に勝利できる前提。しかも8機隊8機とはいえ、パイロットは2人対8人。
この普通ではない状況が普通になったから、アキトはエレメンツハンター学の教授で、翔太は講師なのだ。