第1章-8 ”ルリタテハの踊る巨大爆薬庫”本領発揮
「兄さん、話がある。新開のオレの研究室に明日10時で。待ってるぜ!」
風姫を王宮に送り届けてからオレは、新開グループが用意した家に帰った。
惑星ルリタテハには幾つかの大学との産学共同研究のため、新開グループの研究開発者約10万人が暮らしている。彼らと家族のために家の広さと設備が申し分なく、警備が一流で、情報セキュリティーが超一流の社宅が用意されているのだ。
アキトはルリタテハ王立大学の教授でもあるので、教職員用の家もある。こちらも新開グループの社宅と優劣つけ難いほど色々な設備が充実している。しかし蔑称で”研究監獄”との呼び方もある。
ルリタテハ王立大学キャンパスに隣接し、食事は24時間営業の大学食堂ですみ、生活必需品も大学内で販売されている。大学の周辺は、大学生やその関係者向けの娯楽で溢れている。そのためフィールドワークが研究に関係しない研究者は、知らず知らずの内、大学近辺から足を延ばさなくなるのだ。
普段のアキトは研究監獄に帰っている。大学に行くにも、新開グループの研究所に行くのにも都合が良いからだ。
逆に新開グループが用意している家は、社員とその家族の生活のために、研究所から少し離れた場所にある。研究所が近すぎると、突如閃いたアイディアを試してみたくなり、夜中でも研究室に出社する社員がいる所為だった。
社員が自発的に働いているとしても、勤務管理が杜撰だと国から指導され、世間からはブラック会社と認識されてしまう。それに新開グループは、共教敬栄(きょうきょうけいえい)という企業理念を掲げている。”共に、教え合い、敬い、栄えよう”という意味で、会社イメージを護るために必要なのだ
オレが新開グループの家に帰ったのは、情報セキュリティーに懸念を覚えたからだ。ルリタテハ大学の教職員用の家でもの外部に情報が洩れる心配はしていないが、内部に漏洩する可能性がある。
今、オレが欲しい情報収集でき、信頼できるのは新開グループだけなのだ。
『空人はさ、俺が新開グループの幹部で、惑星ルリタテハでの滞在期間が短いの知ってるよな?』
当然知っている。が、オレの用件を絶対に優先させてやるぜ。
普段なら、アキトが兄の大空(おおぞら)を説き伏せるなど不可能といえる。
大空は新開グループの中核会社”新技術開発研究株式会社”の副社長兼研究開発担当の執行役員である。そして新開家の直系であり、後継ぎと目されている男なのだ。理屈でも屁理屈でも口ではアキトに勝機はない。しかし、今だけは勝利条件が揃っている。
風姫の安全には代えならない。
オレの中にある小さな見栄を斬り捨て、勝利を?ぎ取ってみせるぜ。
「それで明日の予定は?」
『1日デートだけど』
知ってた。デートだって・・・。
相手は当然、婚約者のマイ姉だってのも・・・。
最近は吹っ切れてきたが・・・兄さんとマイ姉の婚約を知った時は、コールドスリープ前提で天の川銀河の中心に旅立つか。そうでなければ、新開家と絶縁するか。憂さ晴らしに、エレメンツ学科の生徒をオレのレベル追いつかせるための受講メニューに変更してやるか。
どれも建設的な考えではないと理解しながらも、自制するのにかなりの努力が必要だった。
ヤケを起こせれば、少しは気も晴れたろう。しかし、トレジャーハンターとして生きてきた約2年のオレのプライドが、理性を失わせなかった。
まったく、自分で自分を褒めてやりたいぜ。
怒りを理性で抑えつつも、言葉に怨念がこもるのが自分でも分かる。オレは、ゆっくりとした口調で、一言一言はっきりした言葉で兄を脅す。
「兄さんの結婚披露宴で、マイ姉に相応しい男になるよう努力していたオレ知っていた。それにもかかわらずオレを嘲笑うかのように、マイ姉にアプローチしたって泣き喚いてやるぜ」
マイ姉とはエドバルド・モーセルの娘でマイブリット・モーセルだ。アキトは幼い頃から、姉さん姉さんと慕っていて、色々と世話を焼き、勉強も教えた。アキトが大学進学資格の学力検査をパスしたのは、マイブリットのお陰なのだ。
アキトの初恋である。
また、アキトが独り立ちを急いだのは、頼れる男としてマイブリットに認めて貰える存在になりたかったからだ。それは経済的、精神的、物理的など、様々な面で、アキトは早く大人になりたかった。
そのアキトが大学教授という職に就いた大人にもかかわらず、兄の大空に駄々を捏ねているのだ。
『子供か、お前は』
「その上で、新開グループと絶縁してルリタテハ王家に仕えるって宣言するぜ」
『新開グループを裏切るってか』
「弟の想い人から2人目の妻を迎えた上、可愛い弟の些細なお願いすらデートがあるからって断られた。一族に内紛の種を蒔いたのは、兄さんだって糾弾までしてやるぜ」
ルリタテハ王国は一夫多妻・・・ではなく、多夫多妻制度である。
これは宇宙開拓時代の名残だった。
宇宙で働き、行方不明になったりすると生存確認が難しく、結婚しているのにパートナーのいない男女が増えた。
またワープに失敗すると、生きているうちに再会できなくなる距離まで離れたりもした。稀にコールドスリープで、パートナーの許へ帰還しようと試みる者もいたが、辿り着いた時には既に相手が亡くなっているのが定番の結末だった。
故に多夫多妻制度が生まれ、現在まで法改正案がされていない。
大空がマイブリットを妻に迎えるのは、周囲の後押しと、何よりも1人目の妻の希望であった。新開家直系の妻は非常に忙しすぎる。まともに新開家の公務に参加すると、子供と過ごす時間どころか睡眠時間もなくなるからだ。
『脅迫までするか』
「そんだけ切羽詰まってんだよ。30分でいいから時間を作ってくれ」
『なら、8時からでいいか? デートは9時からなんだ』
「知ってて指定してんだぜ」
『昔は素直で可愛かったのにな・・・悪いお宝屋の影響か』
「そこは、悪い友達の影響だろ」
『お宝屋が悪いというのは否定しないのか?』
「否定できないしな。むしろ積極的に肯定してやるぜ・・・とにかく、明日8時に研究室で待ってるっ!」
『了解した。空人の欲しいものを持って訪問するさ。ああ、マイブリットじゃないから、誤解はし・・・』
兄さんの話の途中で、音声通話をきってやった。
マイ姉に告白もできず、オレは失恋した。
その後、何故か風姫との距離が縮まっていった。
まずは心の距離が縮まり、最近は物理的な距離も縮まったようだ。
ただ、風姫はオレの精神に安定を齎してくれるが、物理的な生命の危険地帯でもある。それも頻繁に生命の危機が、にこやかに手を振って近づいてくる。
しかし、重体での入院はおろか、骨折などの重傷を負ったことすらない。
風姫には話していないが、最近オレは、危機レベルがコントロールされていると感じていた。それが今日、確信に変わった。
元凶の存在にオレは心当たりがある。風姫の為にも、風姫の周囲の人の為にも、証拠を手に入れる必要がある。たとえ、兄さんに頭を下げねばならなくとも・・・。
渋々、嫌々、無念、不承不承、やむを得ず、不満だらけだが、頭ぐらい下げてやるぜ。