やさしい両親
私の両親はとてもとても優しかった。
勿論貴族として厳しいところはあるけれども理不尽に怒られた記憶は無かった。
それは私が魔法の力を得られなくても変わらなかった。両親は優しいままで、兄も優しいままだった。
誰も私を他の誰かとは比較しなかった。
ただ、生活に少しでも不便が無いように訓練を続ける。
好きなことをしていいと言われて、小さいころから好きだった刺繍をして過ごすことが多くなった。
なるべく何も考えずただひたすら一針一針糸を刺していくのは現実逃避とも似ている。
それでも両親は何も言わず見守ってくださった。
けれど、しばらく経ったある日、父がとても怒った様子で屋敷に帰ってくる日があった。
理由はよく分からない。
私は部屋にいる様にと強く言われてしまった。
そんな風に父が荒れているところを始めてみた。いつも父は物静かで、声を荒げること自体ほとんど見たことが無かった。
その父がこんな風になっているところを始めてみた。
お兄様が「大丈夫。俺が見てくるから」と私に声をかけてくださった。
けれどその兄もその日私の部屋に再び来ることは無かった。
私は部屋から出ることは無かったけれど、その日、夜遅くまで私以外の家族が何やらずっと集っていたことは確かな様だった。
実際、使用人たちの部屋の明かりが灯ったのがかなり遅い時刻だったので間違いないだろう。
その夜何が話されていたかはそれからしばらくして、私にもわかった。
宮殿から来た封筒には王家の紋章が封蝋として使われていた。
それは王族からの呼び出しという事だ。
社交界にもデビューしていない私を呼び出す理由。
魔法が使えなかった私を態々呼び出す理由。
そんなものは一つしか思い当たらなかった。
そしてそれが父が荒れて帰ってきた理由なのだと直ぐに悟った。
私はきっとこれから地の国に向かう様に王命が下るのだろう。
まだ大人になったばかりの私でもそんな事位分かる。
恐らく預言が貴族に限定されていたであろうこと。魔法の力を得られなかった私が一番国にとって要らない人間だと判断されたのだろう。
判断は正しいと思った。精霊と契約がかなわなかった私は、この先国家に貢献できることは少ないだろう。
政略結婚に使えるものは家名のみ。
その家名だって、継ぐのは兄だ。
だから、私のところにこの手紙が来てしまったのは当たり前の事なのに、震えが止まらなかった。