③
グレイスの肯定に、レイアは目元を緩ませた。
「小さい頃から傍にいたものね。ずっと一緒にいて、一緒に育ったようなもので。グレイスの一番傍にいたひとだもの。惹かれても不思議はないわ」
優しい言葉は、グレイスの気持ちを受け入れ、寄り添ってくれるものだった。グレイスの胸がまた熱くなってしまう。
「……はい」
出てきたのはそれだけだった。だが、それだけでもグレイスの心のことは通じてくれただろう。
「確かに、フレンが恋の相手というのはアフレイド家の人間としては適切でないかもしれないわ。でもね、大切なのはグレイスの気持ちよ。自分の気持ちに嘘をつき続けたら、遅かれ早かれ壊れてしまう。そうしたら、婚約を断るどころではなく、アフレイド家は駄目になってしまうの」
きゅっと、グレイスの手が握られる。先程よりもっと、しっかりとぬくもりが伝わってくる。
「それに、それだけではないわ。グレイスは私の大切な孫ですもの。苦しい結婚なんて、させたくないの」
ぐっと、グレイスの喉が鳴った。胸の熱さが喉まできたようだった。その熱いものは、ぽろっとグレイスの頬へ落ちてきた。
レイアがもう片方の手を出す。グレイスの頬に触れて、それを拭ってくれた。
「気付くのが、そしてお話するのが遅くなってごめんなさいね。アイリスがもういないのだから、私が傍にいるべきだったのに」
グレイスの母の名前が出てきた。もういない、母。
レイアが離れて暮らしていたのは、きっと今回に限っては不運だったのだろう。そのせいでグレイスの気持ちに触れることが遅くなってしまったのだろうから。
でもグレイスはレイアを責める気なんてちっとも起こらなかった。
「いえ、……私からも、お伺いすれば良かったのです」
そういう方法だってあった。
レイアのこと。信頼していないわけはなかったのだから。
訪ねていって、相談でもしていれば、もしかしたらこんなことにもなってはいなかったかもしれない。今となってはやはり結果論であるが。
「グレイス。これからのこと、私に任せてくれないかしら」
ふとレイアが言った。グレイスはレイアの顔を見上げる。視線が合った。
グレイスと同じ、翠色の瞳が優しい色を帯びてグレイスを見つめている。
その色に、グレイスはしばらく見入ってしまった。
翠色。自分の持つ瞳の色であるだけでなく、あのとき、間近で見つめた色だ。
フレンの持つ、グレイスを大切にしてくれる気持ちがたっぷり詰まった、優しい色。
なんだかその色から思ってしまった。
良い方向へいくのではないかと。
上手くいくのではないかと。
それはレイアの言葉もあったかもしれないけれど、予感、であった。
「おばあさま。……嬉しい、です」
グレイスは笑った。涙のあとではまだ無理やりであったが、笑みを浮かべた。
涙で顔が強張ってしまっていただけで、笑いたいと思ったのだ。作り笑顔ではない。
笑みを浮かべるのは久しぶりだった。それで笑い方を忘れてしまっていたのかもしれない。
グレイスの笑顔に、レイアの目が優しく緩む。グレイスの目元に触れ、軽く撫でてくれた。溜まっていた涙が再び拭われる。
「大丈夫。なにもかも上手くいくでしょう」
レイアはそう言って、「また来るわね」と帰っていった。
グレイスは玄関までお見送りに出た。
必要な用事以外で、自分の意思で部屋の外に出るのも随分久しぶり、だった。