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東山三十六計、リゲルが勝ちである!」
「いいえ」とカサンドラは首を振った。そして目を伏せた。
その目には深い哀しみの色があった。「わたくしが負けた理由はひとつです。それは、あなたが、勝利に値しなかったということですわ。このままではあなたは必ず敗北します。なぜなら、あなたのご母堂のご助力が得られないから……」
それを聞いてオルトクラ代官山は茶を噴いた。「ぶわっははっはあー! 何を言うかこの娘めが!?」
代官はむせたのか激しく咳き込んだ。だがやがて顔を上げてカサンドラを見据えた。そこにはもう笑ってもいなかったし余裕もなかった。真剣な面持ちで何かをじっと考えている様子であった。
しばらくの沈黙の後、ようやく言葉を発したのであるが……
「……うぬの言う通りかもしれんのう。真田十勇士が地獄で待って居るわ……。あの女どもがそうやすやすと降伏など許してくれまい。必ずやその息の根を止めに来ることであろう」
「ならば、ご協力を……」
しかしそこでカサンドラは言葉を切った。「…………」彼女は何かを言いよどんでいるようだった。それを言おうとしてためらっているように見えたのだ。
その時、遠くから声がした。
それは代官の名を呼ぶ家臣たちの声。「家康公が崩御なされたー。殿、一大事でござる」と叫んでいるようだ。おそらく急ぎ城に戻ってほしいということだろう。
カサンドラはそれを耳聡く聞きつけ、「残念ながら行かねばならぬ用事ができました。今日はこれにて御免なさいまし」と言った。「いずれ近いうちにお話を致します。どうぞそれまでご健勝にてご精進なさりませ」
「……ふむ? うぬとはまた会うことになるやもしれぬ。この飛騨忍者に代々伝わるレーザーブレードを持っていけ。いざという時には使うがよいぞ」と言って彼は一本の小刀を渡した。よく見ると小刀には鍔がない。つまり刃先しか付いていないわけだ。「柄の中に隠し収納があるゆえ、そこを見てみい」と言われたとおり探すと、柄の中に細長いものが収納されていた。これは短剣というよりもナイフと言うべきものだろう。
そして最後にこう言ったのである。「そろそろ年賀状の季節です。郵便局はお早めに。さようなら」
*
***
それから間もなくのこと、リゲルはひとり町中にある屋敷を訪れた。代官が使っている別荘のひとつであるらしく広い邸宅だ。その門番に声をかけると奥からひとりの少女が出てきた。
それはカサンドラであった。なぜここに彼女がいるのかというと…… 彼女は今宵ここで夜を過ごすことにしたらしい。それでここの使用人に頼んで部屋を貸してもらったとのことだ。今は着替えなどをバッグにしまって帰り支度をしていた。そんな時に訪ねてきたという訳だ。ちなみに彼女の侍女たちは既に帰宅させているらしい。
ふたりで応接室に通され待っているとメイドが飲み物を出してくれた。ハーブティーのようで独特の芳香があった。一口飲んでみるととても苦くておいしくはなかった。ただ気持ちを落ち着かせる効果はあるみたいだ。
しばらくして彼女は再びやって来た。手に果たし状を持っている。「家康公の仇をぜひ取りたいのです。油タイガー侯爵様のお手並み拝見。ただし場所は高山市某所にある廃城、決闘は明朝の五時開始となります」と書かれていた。場所を見るとここからさほど離れていないところなので歩いてでも行けそうだ。もちろん馬を使えばより早く到着するであろう。しかし…… リゲルは断った。こんなことで貴重な馬を無駄使いできないし怪我などしたくないからだ。すると彼女としてはどうしても果たし合いを受けてもらいたいとタクシーを呼んだ。そして一気にデロリアン豪で江戸時代へ飛んだのであった。…………こうしてカサンドラの思惑どおりとなったわけだが。
翌日は朝から雪模様であった。飛騨地方は特に冬になると雪が多いことで知られている。今もまだ降り続いていて外は銀世界だった。そんな中をカサンドラが呼んだ迎えの者がやってきた。運転手の他にもうふたりいるようだ。そのうちのひとりは若い女の子でもうひとりも若い男の子であったが何やら険悪なムードである。車内ではちゃんこ鍋が煮えていて肉の奪い合いをしているようだ。
「うぬらが敵か!?」
「あぁ?」
「何じゃこの野郎!?」
「うるせぇぞクソ女ども!」
彼らは三人とも黒装束に身を包んでいたが、その声から察して年齢はバラバラであろうと思われた。それに全員が男性と思われる。ひとりだけスカートを履いてる子もいるが男装の麗人かもしれない。ともかく彼らは何だか殺気だってるという感じがした。
そこへカサンドラが乗り込んで来た。そして彼女たちの争いに割り込むように割って入った。
「喧嘩はよしなさい。これから共に戦い、そして徳川将軍を打ち破らなければならない仲間ではないですか」と彼女は仲裁に入ったのである。
「うっ」と、それを聞いたふたりがひるんだ。確かに彼女の言う通りなのだが……。
カサンドラはスカートを履いた男の正体を見抜いた。「油タイガー侯爵のご子息? まさか、これは伊賀忍者の罠?」「……」
しかし男は答えなかった。やはり黙っているだけだ。
「……そうね、あなたのことは聞いておりますわ」カサンドラは何かに気付いたようだった。
彼は何と、あのオルトクラ領主の息子であったのだ。名前はジャック・オブシディアンと言った。つまり彼もまた父の後を継いで代官となるべき身だという。それがなぜこのようなことをしているのかと言えば…… 彼が仕えている家康公の偽物ことブラック家康はこの世界の魔王であったからだ。それを倒そうとしていたのであるが…… この戦国世界で徳川家康といえば大大名でありこの世における最大の英雄として君臨していた。つまり誰よりも有名で尊敬されている存在ということだ。しかもその人気は海外にまで進出しているというではないか。そんな人物に対して公然と逆らう者は居ない。
そこで彼は、密かに父の命を狙う計画を考えたという。つまり、この飛騨地方の何処かに本物がいてくれるはずだと信じたらしい。だから自分は、偽物のフリをしてこの地に来たのだと。そして自分と同じ格好をした部下たちと共に徳川家への反逆を目論むつもりだったのだが、そこへカサンドラが現れて阻止されてしまったという訳だ。
ならば実力行使あるのみだ、ということで、彼らは戦うことにしたらしい。だが、さすがに三人だけでは勝てるかどうか自信がない。そこでカサンドラは「仕方ありません」と言った後、レーザーブレードで油タイガー侯爵長男の首を斬った。その首を持って帰ってこの場で蘇生させることにしたのであった。
これでふたり目の仲間ができた。残るはふたり。その片方が若い男のほうだ。どうやらこれが服部正成(二代目の方)であるらしい。
こうして三人の伊賀忍び衆がカサンドラに付き従うことになったのであった。
* * *
さて、話は前後するが飛騨に戻ってきて早々のこと。リゲルが町中の武家屋敷で一晩過ごしたあとのことである。その翌日の昼ごろ、彼女は再び江戸に向かった。
高山で一旦タクシーを止めて降りると目的地までの地図を買った。「なるほど、ここが江戸城のある東京になるのじゃな」「いやそれは間違いですぜお嬢さん」運転手に注意された。確かにそうだ。よく見るとその地図は江戸時代に発行されたものではなく現代のもののようである。ここは江戸時代ではなかったようだ。しかし目的地は合っているからそのまま進んだ。やがて大きな堀が見えてきた。江戸城の敷地を囲む内濠だろう。
さらに進むと立派な建物が見えて来た。あれこそ徳川将軍の住まいとなっている皇居御殿の正門、桜田門だ。リゲルはタクシーから降りた。ここからなら迷わず辿り着けそうだから、徒歩で向かうことにする。ちなみにカサンドラとは先日会った時に約束したことだが今日は彼女とは別に護衛サイボーグを倒す任務がある。だが昨夜も言ったとおり今回は時間制限があり、また場所の指定もあったので、ここで彼女とは別行動となる。まず江戸城に行って、そこにいる家康公の偽物を倒し、それから浅草に向かうつもりだ。ただ、江戸城まで行っても中に入れず困ることが予想される。そのための対策が果たして通用するかどうかわからないがやってみる価値はある。それに今度の相手は今までの相手と違い、こちらの行動を読んでいるようだから慎重に事を運ばなければいけなかった。
リゲルが歩いて行く先にはひとりの人物がいた。彼は何やら機械を操作しながら立っている。どうも、ロボット警備用システムを動かして、彼女がやって来たときに不審者であることを検知して通報するためのものであるようだ。おそらく、あのシステムが江戸城にある家康公が与えたという装置を制御しているのであろう。そしてそれが江戸の治安を守るために役立てられているということであろう。
リゲルはそれを知っていた。だがあえて知らないふりをする。すると相手が声を掛けてきた「おいお前、そこで止まれ」と言って近づいてくるのが見えるが……
(何で私が怪しいと思ってんねん?)と思いつつ彼女は素知らぬ顔をして無視する。そして更に近づいたその時である。突然、目の前の相手の頭が吹き飛んだのである。まるで爆弾かミサイルでも喰らったように。「……」
驚いた。しかし、彼女は冷静だった。何しろ、もう何回もこんな経験をしているのだから……(まさかこれ、私の能力?)
リゲルには「見えない敵」を攻撃出来るという特殊能力が備わっていたのだ。しかし何故、そのような力が自分に備わっているかなど考えたこともなかったし思いつくはずもなかった。なぜなら彼女には自分の過去がまったくわからなかったからである。記憶を失っていたのだ。「畜生、時間犯罪者どもめ、ここまで江戸の歴史をめちゃくちゃに改変してくれるとか。こりゃあ後でかたすの大変だぞ」リゲルはつぶやきながら倒れた相手をまたいで前に進んだ。そしてその横を通り過ぎる。その背後で……頭を失ったはずの死体が再び動き出したのだった。そう、彼女はまだ知らなかったがこの男は死んだ振りをしていただけであった。
江戸城にはまだ、この男が操る自動迎撃システムがあったのである。そして彼はそのシステムの中枢を担う重要な役目を任されていた。だからこそ怪しげな人物を排除する役割を与えられていて、これまでずっと仕事をしてきた。しかしそれも今日までだ。リゲルによってシステムは破壊されてしまうだろうからだ。
しかしそんなことを知らず、そして何も気付いていないかのようにリゲルはその男を無視してどんどん先に進む。江戸城に近づけばいるほど厳重な警備体制が敷かれていることは知っている。だがそれでも強引に突破するつもりであった。
やがて桜田門の入口に辿り着いた。そこには二人の侍が居たのだがそこにサイボーグ・マウンテンゴリラが待ち受けていた。「もー!何なのよこれ。江戸の歴史がめちゃくちゃじゃない」リゲルは困り果てた。ここまで過去をぐちゃぐちゃに改変されてしまっては手におえない。そこで奥の手を使うことにした。ビッグバン博士の出番である。タイムパトロール本部では切り札として「オールリセット」の特殊スキルを持つビッグバン博士を24時間待機させている。リゲルはビッグバン博士の使用許可を本部に申請し、受理された。ただし使用回数については特に制約がなかった。つまり無制限に使用できるのである。それで今回の事件をなかったことにして元の歴史に戻すことも可能であったわけだ。だがリゲルはあえてそれをしなかった。なぜなら、江戸の歴史を守ることこそが自分の存在意義だと思えたから。それこそが彼女の生き方なのだから…… その日江戸城に激震が走った。いや大混乱が巻き起こった。何しろいつものように侵入者が攻め込んできて、そいつを排除しようとしていた最中、急に全ての機械類が全て動かなくなったのだから……「うわああ、一体どういうことだ。システムが故障してしまったのか?」と一人の将軍が慌てふためいた時である。彼の前に誰かが現れ、話しかけてきた。それはリゲルだった。しかも……何となく雰囲気が違う感じがした。どこかで会ったような顔だなあと、その男は思ったがすぐに思い出した。昨日やってきた客の顔だ…… 彼女は何の躊躇もなくその相手に襲いかかった。しかしその相手が悪かった。「おい貴様は、誰だ?!」とその人物が問いかけると……「私? 私はリゲルだけど」と答えが返ってきたのである。「えっ? だってお前は昨日……」と将軍がその事実について言及する間もなく相手は「死ねー!!!」と言って刀を横に振ってくる。しかし相手は「待ってくれ」と言いつつも何とか避ける。
だが相手の攻撃の方が早かった。次の瞬間、相手は胸から上を切断され即死してしまったのである。その様子を他の者たちが見ていたのだが誰もが目を疑っていた。「な、何が起きたんだ?!」
だがその時である。江戸城内の機械全てが一斉に起動し始めたのである。「どうなってんだよ。さっきまで、全部止まってたんだろうが」と一人が言った時……「あれ、俺が使ってる機械も動くぞ」さらに……「何だよこれ、まるで最初から止まっていなかったみたいだぜ」と言ってくる者が出てきたのである。すると、別のところでも同じことが起き始めるのである。「じゃあ、これはどう説明するんだ」そう言って将軍は床の上に落ちている血だらけの人間を見下ろした。その人間は、リゲルが斬り殺した人物である。だが、よく見たらその男はまだ息をしていたのだ。しかし瀕死の状態であったことは間違いないのだが、その状態のまま喋っているのだ。そして……
『助けてくれ。俺はもう死にたくない』と言っているように見えたのだった。「こいつは何を言っているのだ?」だがその直後である。いきなり男の身体は灰になり消滅してしまったのである。「おい今の見たか。あいつ、まるで死んでるみたいなのに何かしゃべり出したぞ」「変な現象ですね。でも今はそれよりもシステムの回復を優先してください。このままでは業務に支障をきたしますよ」そう言って彼らはシステム回復のために尽力し始める。そんな中でリゲルは……(あれ、これってもしかして私の仕業なのかな?)と思いながらも気にせず先に進んだ。そしてついに目的の部屋に着いたのである。そこは江戸城天守閣にある部屋の一つだった。
中に入るなりリゲルは……「あんたがここのシステム管理の責任者だな。この江戸城のシステムを全て停止させたのはあなたたちか。ならば今すぐ元に戻せ。そして江戸から即刻立ち去るのだ」と要求を突きつける。だが責任者は「そうはいかん。すでにこの江戸城内に侵入してきた敵を排除するためシステムは稼働状態にあるのだ。勝手に止められるものではない」と言うのだが、リゲルは「それなら私が元に戻す。オールリセットを使えば良いだけなのだ。だからそこを退け」と言った。だが相手は拒否し……「悪いが、そういうわけにはいかないな。それに江戸から出て行けという言い方も間違っている。ここは日本の中心地であり世界屈指の大都会でもある江戸だ。それがどういうことを意味するかわかっているはずだ」と言う。それに対しリゲルは毅然として言い放った。「確かにあなたの言うとおりだわね。けど江戸がなくても国はちゃんと機能しているじゃない。むしろ首都としての機能を江戸以外の場所に移す計画もあると聞いたことがあるしね」と言うと「ふん。そこまで知っているのか。その通りだ」と言ってきたのである。
リゲルはそれを聞いて呆れた表情を浮かべながら……「何を言い出すかと思えば。江戸の存在意義などたかが知れてるわ。そんなの時代遅れよ。そもそも江戸を近代化させて維持し続けるためにどれほどの予算が使われていると思っているの。ただの建物にそれほどの費用をかけて維持管理すること自体馬鹿らしい話なのだわ。それに、これからの時代において重要な都市がいくつも存在するわ。それらに比べたら、まだまだ発展の余地がある東京に拠点を移す方が理に適っているはず」と反論した。それに対して相手はさらに反論してくる。
実はこの時代においても江戸幕府は財政的にかなり苦しい状態だったのだった。そこで老中の堀田正俊は財政支出を抑えつつ幕府財政を立て直す策を模索していた。それは幕府の直轄領を増やすことにあった。要するに手つかずだった土地の接収である。
ところが……それは簡単にできることではなかった。元々武士階級だった者が殆どの江戸市民にとって土地を失うということは生きる権利すら失うことに等しいことだったからである。また彼らの中には徳川将軍家に対する忠誠心や敬慕の心を持つ者もいて容易に手放すことはできない状況であったのだ。そのため彼らは必死になって抵抗したのである。
だが、それでも強制的に土地を徴収しなければいずれ江戸は破滅するのは明白な事実だった。しかし強制的手段を取ることに対して反対する者は多く存在したためなかなか思うように進まなかったのである。そんな悠長な議論をしている間にブラック家康が降臨し、江戸城の周囲に核地雷を敷設した。爆発まであと十秒もない。それなのにリゲルと老中は呑気に論争しているのだ。平和ボケとはまさか、これ。だがそのとき、奇跡が起きたのだ。突然二人の前に白い光が出現しその中から誰かが現れたのである。その正体こそは女神アテネであった。彼女は……(遅くなって申し訳ありませんでした。私はゼウス様に言われて急遽やってきた者です)と言い放つのであった。その声を聞いた瞬間、その場の雰囲気が変わったのを感じ取るリゲル。すると老中の目の前にも別の女が現れて(お久しぶりでございます。わたくしはヘラと申します。あなた方は今、滅亡の危機に立たされている。すぐに脱出しなければ確実に死にますよ。早くここを離れるのです)と言う。それを見ていた老中は(わかりました。ところで、ここにいた私の愛すべき家族たちは一体どうなるのですか?)と尋ねたのである。それを聞くと……
(ご心配はいりません。私が安全な場所に全員連れていきます。まもなく日本列島が轟沈しますから、さあ急いで避難するのですよ)と言うのだ。しかし老中は(でもこの江戸に残していく妻子も沢山います。私一人では抱えきれないほどの大事な人たちもいる。もし彼らを一人も助けられず、我々だけ生き残ることは許されない。だからどうかお願い致します。皆を連れて行ってください。そして残された者達を……)と言ったのである。すると、それを聞いたヘラクレスと名乗る女性の姿が見えない。「ああ、あいつは死亡要員です。尊い犠牲です」と言うのだ。その直後、天守閣が大きく揺れる。もうタイムリミットだと思ったその時、リゲルの前に新たな光が輝き始める。今度はアフロディーテという女性が現れると、彼女は(リゲル様、ここは私たちに任せてください。きっとあの男を助け出しますから、今は急ぎ江戸城の外に向かって下さい。ゼウスさんが外でお待ちしております。そしてリゲル様にはどうしても会いたい人がいるのです。それは油タイガー侯爵です)と言うと彼女の姿が見えなくなる。それを聞いて驚いた表情を浮かべるリゲルだったが……
(これは緊急事態発生なのだわ。すぐに江戸城から出ていかなければならない状況なのはわかったけど、私に会いたいという人はどんな人なのか知りたいのよ)と言って尋ねる。それに対し彼女はこう答えるのだった。
(えーと、まず年齢は50代後半の脂ギッシュなおじさまですね。それと趣味は……えっとソロバン? 本名は巴ソロバン・ソロモン王治郎吉・タイガー公爵という方なのですが……って誰なんでしょうね。とにかく早く行かないと手遅れになりかねませんよ)
そう言って彼女の姿は見えなくなった。その後リゲルが外に出ようとすると老中は……
老中:(おい、リゲルとかいう女よ、何をしている!)と言って呼び止めるのだが無視しそのまま外に出る。
リゲルが出た後すぐ江戸城の周囲が崩壊して日本列島は轟沈した。リゲルも神々も素粒子レベルに分解されて消滅した。後には何もない更地になっただけだが…… リゲルがいなくなっても江戸の運命はまだ変わらなかった。結局幕府崩壊の危機には変わらないと判断した堀田正俊はやむなく幕府直轄領の拡充を行うことにしたのだった。
一方そのころ女神アテネが指定した場所では……ある人物がとある場所で眠っていた。そこに一人の女性が現れた。彼女こそが先ほど述べた油タイガー侯爵であった。彼は突然見知らぬ女性が目の前に現れたことで驚き目を覚ます。そして目の前にいるのが自分のことをずっと探し求めていた愛しき娘であることに気づき喜んだ。その顔を見て相手の名前を呼ぶ母親であったが返事はなかった。
しかし……実はこの時既にリゲルは消滅してしまっているのだった。それでも母親は泣き叫び続けていたのである。だが…… そこへヘラが現れて言うのだ。(母上、お静かに願います。まだあなたの愛する娘の肉体が残っているのですから……さて……)と言って彼の手を掴んで何かをしたのであった。そして彼を抱きかかえその場を去る。その後、母親の悲鳴が聞こえたが誰もその声に応える者はいなかったのである。
こうしてゼウスの手によってブラック家康こと悪逆無道魔王は討伐されたのだ。その知らせを聞き喜ぶ江戸の市民たちであった。ちなみにこの日以後江戸で爆発テロや凶悪犯罪が起こることはなくなり、人々は平和な日々を取り戻したのである。そして将軍としての役目を終えた徳川忠長は領地を返上し、日本帝国本土へ戻っていったのであった。そしてそのあとはゼウスによる統治が始まったのである。
それから三か月の月日が流れて……地球は新天地へと生まれ変わったのであった。
完 帝都物語 第壱番
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