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8.馬車旅2日目

 翌日の朝。
 シャーマからエッコに向かう乗客以外にピスカから乗車するお客を乗せ定刻通り馬車は出発した。
 昨日の温泉の効果なのか、とても体が軽い。

 トゥイーリとマレは昨日と同じ場所に座り、馬車に揺られていた。
 昨日浴室であった男性も同じところに座っていたが、緊張感はたいぶ薄れてきたようだ。

「温泉、よかったな」
 トゥイーリは初めての温泉を楽しんでいて、昨日、夕食を取ったあと、また浴室に行き、温泉につかった。
「これから入国するザラール国でもルアール国寄りの山側に温泉があるようだ。落ち着いたら行ってみるか?」
「うん、行ってみたい!」
 満面の笑顔で頷いた。

 ピスカからエッコまでは、海を前方に見ながら南下する旅路になる。
 車窓の両側は森林となる。
 ということは、風景がかわり映えしないので、早々にトゥイーリはマレの左肩に頭を乗せ居眠りを始めていた。
 順調にいけば、夕方にはエッコへと到着するだろう。エッコまでは町に寄らないということだったので、それまでゆっくり寝かせておけばいいだろう。
 
 トゥイーリが眠ってからマレはザラール国の入国方法を考えていた。
 普通なら身分証明書が一人ひとり渡されているが、トゥイーリに身分証明書は作られていなかった。
 なので、身分証明書を2つ偽造して持ってきているが、それで入国ができればラッキーなのだが、ルアール国側で何かしらの理由をつけ、引き留められることもあり得るかもしれないと思い始めている。
 そうなると、ザラール国に密入国となる。どこかでバレてしまえば、ルアール国に強制送還となるだろう。
 密入国はハイリスクとなるため、エッコに到着してから状況判断して動こう。

 考えこんでいると、塩気混じりの海のにおいがしてきた。
 トゥイーリの頭が左肩に乗っているので大きく身動きできないが、窓から外を見てみると、太陽の光を反射しきらきらと輝いている海がだいぶ近くに見えてきていた。
(そろそろエッコの町か?)
 逆側の窓から外を見ると、森から畑へと風景が変わっていて、町に近づいているのがわかる。
(そろそろ起こすか)
「アリーナ、町が近くなってきた。起きろ」
「……うん」
 生返事を返してきたので、右手で肩を軽く揺する。
 はっとしてトゥイーリが目を開けた。
「ん?なに?」
「起きたか?」
「うん」
「まもなく町に着く。降りる準備をしよう」
 手元にあるカバンを持ちなおすとトゥイーリは外を見た。
「あれ?あのきらきらと光っているのはなに?」
「あれは海だ」
「あ、あれが海なのね。太陽の光が反射しているのね。1度近くで見てみたいな」
「エッコで少し滞在するかもしれないから、その時に見に行こう」
「うん」
 話しているうちに町の中へと入っていく。
 しばらくすると停車場に停まったようだ。御者が馬車の扉を開けて、乗客を降ろし始めた。
 シャーマから一緒だったあの男は先に降りて行ったので、距離を開けるためにも、ゆっくりと降りることにする。

「暑い!」
 夕方近くのエッコの町に降り立ったトゥイーリは冬なのに秋の初めのような暑さを感じ、驚いた。
「場所によってこんなに体感が違うのね」
 としみじみと言った。
 その実感はルィスにいるだけでは感じることができなかったことだ。
 トゥイーリは小さな頃からたくさんの本を読んでいるから机上の知識はたくさんあるだろう。
 そういった知識を現実のものとして理解していくことは重要なことだ。
 この先、たとえルィスに強制的に戻されることがあっても、今回の経験は無駄にならないだろう、と思った。

 しばらく町の中を歩き、中心部から少し外れたところにある宿に泊まることにした。
 部屋に入り、落ち着いたところで、宿の食堂に向かう。
 昼食を抜いているので、早めの食事だ。

 食堂は早い時間のせいか、混雑していなかった。空いている席に勝手に座り、マレが食事を注文していく。
 しばらくすると、テーブルには野菜サラダ、魚料理、スープとパンが並んだ。
 魚料理は香草をつけて焼いてあるようで、香ばしい匂いがしていた。
 料理をとりわけたあとは食事を味わう。
「ガエウさんが言っていたけど、どこに行っても本当に野菜が甘くておいしい!他の国の野菜を食べられるのが楽しみだわ」
 トゥイーリは目を輝かせている。
「そうだな、それにその国でしか取れない食材などもあるから、勉強できるはずだ」
「うん」
(そうか、間もなく、ルアール国を離れるんだな……)
 トゥイーリは食事をしながら、少し胸のあたりに寂しさを感じた。
(自分が言い出したことだけど、今になってこの国を離れたくないな。でもずっとこの国にいて、あの王城に戻るのなら、他の国で生きていきたい)
 トゥイーリは心の中で寂しさを振り払った。

 部屋に戻り、マレはカーテンを閉じようと窓に近づいた時、視界の端で何か動くのが見えた。
(なんだろう?)
 そのままカーテンを閉じ、窓から少し離れて外の様子をうかがうと、一人の男性が大きな木の近くに立って、2階のこの部屋を見ているのがわかった。
 外はだいぶ暗くなっていて、顔まではっきりとわからない。
 マレはしばらく考えたのち、
「少し外の様子を見てくる。大人しくここにいてくれ」
 とトゥイーリに伝え、部屋を出てあたりを確認してから猫の姿に戻ると階段の踊り場にある出窓の前に行った。
 踊り場から窓へとジャンプをして、窓を確認すると真ん中に取っ手があり、それを下に動かすと下半分の窓が開くような仕掛けになっていた。これなら猫でも窓が開けられそうだ。
 読み通りに下半分開けると目の前にある木に飛び移った。そのまま、他の木に飛び移りながら泊まっている部屋が見える位置にきた。
 まだ男はそこにいた。顔を見ると、シャーマから一緒にきた緊張感たっぷり背負っていたあの男だった。
(なるほど、俺たちを見張っているのだな)
 マレは顔を確認すると、今来た道のりを戻り、部屋に戻った。
「トゥイーリ、外に見張りがいる」
「えっ?」
 慌てて窓に近づくトゥイーリの手を引っ張り、ベッドに座らせた。
「窓に近づくな。相手に気づかれてしまうと動きづらくなる」
「はい」
「作戦変更だ」
 マレはそういうと、トゥイーリにこれからの計画を話し始めた。

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