7.馬車旅1日目
トゥイーリは初めての馬車にわくわくしていた。
移動となると、ほどんと徒歩だったので、いつもより少しだけ早く流れる風景に目を奪われていた。
マレはその様子を静かに見守っていた。
乗合馬車はそんなに混雑しておらす、トゥイーリとマレは馬車の一番後ろの窓際の席に座った。
町の近くは道が舗装されていたが、町から離れると、舗装されていない道が増え馬車の振動が大きくなってきた。
慣れないと酔ってしまうのだが、トゥイーリは大丈夫だろうか?
その時、マレは一人の男が目に入った。
こちらに背を向けているが、その背中がいやに緊張しているように感じたのだ。
(何か危ない荷物でも持っているのか?)
少し観察してみると、大きなカバンは持っておらず、旅行者でも商人でもなさそうだった。
(もしかして、王城からの者か?)
マレはそう考えたが、違うこともあり得る。しばらく注意しておこうと決めた。
「お父さん」
ふいにトゥイーリが声を掛けてきた。
「どうした?」
「エレナさんにもらったサンドイッチ、今食べてもいい?」
トゥイーリはカバンから、布に包まれた木箱を取り出して聞いた。
「もうお腹すいたのか?」
マレに布に包まれた木箱を1つ渡しながら抗議する。
「うん、だって、朝食べてから結構時間経ったわよ?」
「そうだな、占いもしているから、なおのことだな。よし、食べるか」
「うん!」
トゥイーリは布の結び目をほどくと、きれいに畳みカバンの中に入れた。
木箱を開けると、手のひらサイズのロールパンに野菜とソーセージが挟まっているものと、ジャガイモをすりつぶしていろんな野菜を刻み込んだポテトサラダが挟まっているものと2個入っていた。
「美味しそう……!どっちから食べようかな?」
トゥイーリは馬車の揺れなど気になっていないようで、目の前の食べ物に釘付けになっていた。
「うん、ポテトサラダから食べよう!」
小さく、いただきます、と話して、ポテトサラダのサンドイッチを手に取り、口にいれた。
とたんに目を輝かせ、
「うん、やっぱり美味しい……!」
と感激した声を出していた。
その様子を見ながらマレも布の結び目をほどき、布を畳み膝の上に置き、その上に木箱を乗せた。
時折揺れる馬車の中で落とさないよう気を付けながら二人はゆっくりとサンドイッチを味わった。
食べ終わったあと、トゥイーリはあくびをしながら、流れる風景を見ていた。
町を出た時は石造りの家が立ち並んでいる風景だったが、町を出ると農作物を育てる畑の風景、そして時折、遠くに森が見えていた。
あまり代り映えしない風景に見飽きてきたのか、トゥイーリの頭がかくん、と落ちては、はっとするということを何度が繰り返していた。
見かねてマレは、
「アリーナ、眠いなら俺の肩に頭を乗せて眠ればいい」
「……うん、大丈夫……」
(うん、大丈夫じゃないな)
「ほら」
と言って、トゥイーリの頭を無理やりマレの左肩に乗せる。
そのまま、むにゃ、と言ったと思ったら、寝息を立て始めていた。
(やれやれ)
と思ったがマレも少し目をつぶり、眠り始めた。
かた、と馬車が止まる音でマレは目を開けた。
窓から外を見ると暗くなり始めていたので、宿泊する町に到着したのだろう、と思った。
案の定、御者が馬車のドアをあけ、明日の朝10時に出発することを話している。
その時間に乗れなければ、来週の馬車か、徒歩で移動になる。
「アリーナ、起きろ」
「うーん」
ちょっと寝ぼけていそうだが、なんとか起きたようだ。
「途中の町についた。宿に行くぞ」
「……はい」
トゥイーリはあくびを一つして身支度を整えた。
ここでマレは先ほど緊張感を漂わせていた男性を観察する。
ちょうどドアが馬車の真ん中にあり、その男が出る時はこちらを向かないと出られないからだ。
荷物がない男性は先に降りて行った。が、気のせいか、こちらを観察するような視線を感じた。
(う~ん。こちらを探られているかな……?)
これ以上は深く考えずにトゥイーリを促し、外に出た。
「ルィスより、あったかい!」
トゥイーリは外に出ると馬車旅でかたまってしまった体をほぐすように伸びると、ぽつりとつぶやいた。
途中で下車した、ピスカという町は温泉が湧き出ているらしく、街中の宿も温泉に入れることをうりにしている。
最初に目に入った宿で空き部屋を確保できたので、部屋に案内してもらう。
そして、この国では珍しい、大人数が入れる男女別の浴槽があると聞いて、部屋で荷物を下ろすと、さっそく二人とも入りにいった。
マレが男性用の浴槽に行くと、あの男性がいた。他に人はいないようだ。
内心の驚きを出さないように注意しながら、浴槽の温泉につかる。
男性から、かなり離れたところに行き、目いっぱい手足を伸ばした。
「やっぱり、馬車旅は疲れますよね?」
ふいに男性が話かけてきた。
「そうですね。たまに休憩があるといえども、ここまで体を伸ばすことはできませんからね」
マレは適当に話しを合わせながら、返答をした。
「わたしはエッコにある実家に帰るのですが、目的地はエッコですか?」
「ええ」
「そうですか。また、明日もよろしくお願いしますね」
「ええ」
とそれ以降は何も話さず、男性はさっさと浴槽から出ていってしまった。
(気が抜けない旅路が続くな)
マレも浴槽を出て、トゥイーリとの待ち合わせ場所である受付の前に向かった。