23話 大天使カマエル 降臨(1/3)
俺は、しばらく石版に刻まれた文字を眺めていた。この大きな図鑑ほどもある板は、見た目以上に軽いし、かなり硬い。どうやって、ここまで綺麗に細かく刻んだのやら感心する。それに、何を残そうとしたのかそれは、意味深だった。
もしこれが本当に神族のことであるなら、さらに裏で糸を引いている奴がいる。とは言え、真実と事実は異なるし、人の数だけ真実は増える。そうしたことを考えると、俺の目的成就のため、足しにはなる物のマイナスにはならない程度の情報だ。
今回わかったことは、追い求める焼印師と召喚師はまだ遠いことだ。
ただし、この両者がより近い関係性だとわかったのは、大きい。調べる範囲が広がりはしても、情報に引っかかる可能性はその分増える。もし会えるなら、アルアゾンテに直接聞いてみたいものだ。
俺はそう結論づけて、これ以上この部屋で得られる物は無いと見た。指輪については、二個あり拝借しておく。もしあの召喚師に会えるなら、その時にでも聞いて見ればいい。エルもリリーもこの狭い部屋で見逃した事柄はない様子で、手持ち無沙汰な状態だった。
「これ以上はないし、出るか」
「ええそうね。これでこの階層は終わりかしら?」
「私は宝箱が出ると思ったぞ!」
リリーのいう宝箱の出る仕組みはいまいちわかららない。でない以上はどうにもならにないのだ。
問題は、これより先の階層についての有無だ。本来なら、最奥の階層主を撃破することで、転移魔法陣が現れる。今回はそれが出なかったのだ。つまり、まだどこかに”何か”がある。
そこで先ほど、何かがいた痕跡の場所をもう一度探ることにした。
「あの足跡があった部屋をもう一度、調べて見るか」
「それしかなさそうね」
「私もそれは賛成だ。行こう!」
俺たちはもう一度、あの何もなかった部屋に入る。変わらず変化はなくて、階層主がいれるほどの広さと高さを誇る。
よくよく見ると、先ほどは気がつかなかった場所があった。それは、壁と一体化している扉の存在だ。よく見ないと扉だと気がつかないほど、馴染んでいる。近づいて試しに押し込んでも開かない。当然引っ張っても横にずらそうとしても同じだ。
これは何を意味するのか。――可能性として、ここに階層主級の奴が現れることは否めない。
すると突然、なんの前触れもなく大きな金の音が何度も鳴り響く。あたりを見渡してもまだ、何も起きていない。
「なんだ?」
「これは……」
「いきなりすごいな!」
耳を塞ぎたくなるほどの騒音に近い。その時、不意に見上げた天井にエルを召喚した時の門が現れた。これはウリエルの時の展開と似ている。
「くるわ!」
エルは真剣な眼差しを天井に向けていう。それは、鬼気迫るものだった。門から現れたソレは、間違いなく天使だった。ただなぜこのタイミングでしかも天使なのか、原因も理由も不確かだ。
「味方なんてことは……なさそうだな!」
リリーは叫ぶと同時に、即時に妖精化して初の力を見せた。
「フェアリーランス!」
リリーの周囲には、光のランスが宙に十本程度浮いており、それを全弾放った。それと同時に、再び自身の回りに浮かせた形で待機させている。
エルもリリーの着弾を確認し、奴に目掛けて射出だ。
「執行者の炎! インフェルノ!」
エルは、頭上に掲げた切先から、真上に向けて業火が放たれる。この二段階の攻勢では、相手はひとたまりもないだろう。ところが、天使風の奴は何事もなかったかのように、軽く手でいなす。あれを手で弾くとは、なんて奴だと戦慄が走る。
「カマエル……」
エルは奴の名前をつぶやいた。ソレがどんな奴なのか、正直なところよくわからない。エルの反応から見ても、決していい状況とは言えない。エルと同等か、それ以上の可能性が高い。
奴は余裕からなのか、笑顔でこれらの攻撃をいなして、ゆっくりと降下してくる。俺はゼロ距離でのダークボルトを狙うため、タイミングを見計らっていた。
まだ優位性が高いのか、余裕なのかいざ知らず。リリーとエルの攻撃は苛烈さを極める。
弾幕と言えるほど、物量で攻めるやり口だ。どんなやつでも生物なら、疲弊はする。
それにも期待をしている。
功を奏したのか、宙で浮いてはおられずとうとう地面に降りたった。リリーもエルも両者とも魔剣で攻める。二人の大剣の舞う姿は、尋常でなく速い。カマエルは槍を取り出し防戦する。
この姿をみる限り、今がチャンスかと思うところ、奴の目はまだ死んでいない。
あれは、何かがある。
ただこのままだと、ほんのわずかな隙を逃してしまうため、俺も接近戦に挑む。
武器がない分、二人の連携を隔てないようにしながら、近距離でのダークボルトを狙う。
二人は俺の意図を察したのか、ちょうど剣を振りかぶったあと、後退するタイミングをはかり俺は放つ。
「ダークボルト!」
奴の最初は余裕そうな顔つきも接する直前に、はっとした表情に変わる。
その時は終わりだ。
「ダークボルト!」
瞬時に間合いを詰めていた俺は、ゼロ距離から放つ。
咄嗟に避けられてしまいわずかに、右肩に触れた途端、奴の腕が吹き飛ぶ。この体勢でもう一度放つにも今度は、こちらが無防備をさらけ出してしまうため、一旦後退した。同時にリリーとエルが再び苛烈に攻めていく。
俺は慎重に、奴の動きを観察していた。一方リリーとエルは、お構いなしに、魔力切れを意識することなく、全力で攻撃をしていた。今、片手間で魔力を溜めおけるような相手ではない。それが十分に理解できたからこそ、後先構わず、力を振りまく。
そう俺たちは、手傷を負わせたとはいえ、まだ劣勢なのだ。出し惜しみをしている場合ではなかった。時間が経過すればするほど、より深刻な状態に陥る。
あの覇気と魔力の総量からして、太刀打ちができない可能性は濃厚だ。ゆえに短期決戦を挑む。つまりは、背水の陣だ。
俺は再び放つため、動き出した。