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22話 焼印師の軌跡

 俺たちは百層の階層主を撃破後、リリーの変化に立ち会うと同時に、新たな戦力を得た。
それは、リリーの完全妖精化だ。これにより、戦闘時の戦力はかなり増強される。こうしたよいこともあれば、本来の目的である”焼印師”の痕跡と手がかり探しは、難航していた。

「一体なんだ? これは……」

「ここが隠れ家だとしたら、何かお粗末ね」

「私も変な感じがするぞ!」

 扉を開けて、一本道を少し行った先にあったのは円形の広間だった。そこには、縦三メートルほどの扉が四つ並んであり、どれもがまだ綺麗な状態を保っている。もし隠れ家というなら、隠れようにも逃げようにも無いので、お粗末すぎる。悪意のある第三者に攻められたら、これだとひとたまりもない。

 不思議なことにこのダンジョンは、すべて壁面が発光するため、全体的に明るい。

 扉しかないこの部屋で、このままぼんやりしている訳にも行かない。

「一番左側の扉から開ける。何か希望はあるか?」

「とくにないわ」

「私も無いぞ!」

 順番もとくにこだわりがなければ、左から順を追って開けていく。もしかすると、次の階層の可能性も否めない。

 俺は階層主の部屋と同じく、扉を押し込むようにすると開いた。そこには、見たことのある光景が広がる。
そうそれは、階層主がいた部屋と同等の物がそこにはあった。ただし、この部屋に主はいない。

 周りを見渡しても何もなく、奥には扉すらない。あるのはここにある扉だけだ。

「どういうことだ?」

「変ね……」

「訓練場みたいだな!」

 たしかにリリーのいうとおり、そうとも見られる。これだと他の部屋も同じ可能性があるため、急ぎ残りの部屋も開けて見た。ふたつ目の部屋には、召喚の門が存在していた。俺がエルを召喚した時の門に酷似している。違いは、脈動する血管のような物がまとわりつき、どこか生きているようにすら見える感じがした。それ以外は何もない。

 三つ目の部屋には、明確に何かがいた痕跡はあった。足形からするとかなりの巨大な二足歩行の奴で、先の女神像ぐらいはある。ただ、ここも足跡だけで他には何もない。四つ目の部屋を見にいくと、同じような階層主部屋とほぼ同じ作りだ。

 ただし、この四つ目の部屋は、他とは違う物があった。

 壁の一部が窪んでおり、そこには、人ひとりが通れそうな石の扉がある。手をかけると軽やかに開く姿は、見た目に反した動きだ。そのまま奥まで進むと、作業机と椅子のような物がある。工具や金属の削り跡などが、散見される。他には、壁をくり抜いた形で本が並ぶ。

「どうやらあたりかもしれないな」

「ええそうね。何か探して見ましょ」

「これは、すごいな! 細工職人の部屋見たいだな!」

 リリーのいうことは的を射ている。細やかな加工をするための工具や、大小あるルーペ。これらを見る限り、アクセサリーなどの細工をする場にも見える。

 俺はふと、机の上に加工中で残されたリングを手にとって見た。

「これは……」

 間違えるはずもない物がそこにあった。これはどういうことなのか、頭の中でさまざまな憶測が駆け巡る。

「レン? ……レン? どうしたの?」

 エルは俺の様子を見て、心配そうに声をかけてきた。思わず固まってしまったのは、このリングが以前使ったことのある物だからだ。

「エル……。このリング見てくれ」

「何かしら?」

 不思議そうにリングを見つめる。たしかに本人は知らないから、わからないのも当然だろう。

「レン! 何か見つかったのか?」

 リリーはお宝でも見つけたかのようにキラキラした目で聞いてくる。

「二人には説明していなかったな。このリングは以前、ゴルドニアから奪った物に酷似しているんだ。それは、エルを召喚した時に使ったリングにそっくりなんだ」

「私を?」

「なんだ、かすごいな!」

 同じような物があるのはいい。問題はなぜここにあるかだ。俺たちは確か、”焼印師”の痕跡を追ってここまできた。ところがその痕跡と見られたのは、唯一四十層の魔瘴気の騎士で、それ以外はない。あるのは召喚師の痕跡ばかりだ。

 ここにあるというのは、何か確信に迫るような気がしてならない。ただこの誰でも入れる状態の部屋自体が疑念だらけだ。要は、無用心で無防備すぎるわけだ。

「それにしても無用心すぎないか?」

「そうね……。あの百層の相手を倒さないと開かないとはいえ、あそこまでしたならもう少し用心に越したことはないわ」

「そうだよな! 私も思うぞ。 ただ、アレを突破してくるようなら、逃げるのはムリだとも考えていそうだな」

「たしかにそうだな。潔いのかよくわからんな」

 リリーの言いたいことも理解できる。今ある状況だけでは、当時の当人たちの思いは知る由もない。この疑念はおいて置き、まずは手がかりを探すべく本棚に手をかけた。

「なっ!」

 俺は思わず声をあげてしまった。というのも本が触れた途端、崩れてしまったのだ。これは保存の魔法がかけられておらず、そのままの状態だったんだろう。この数十とある棚に残されたのはたった一冊だけだった。
それは本というより、石版だった。

「レン! 私は、この文字を知らないぞ?」

「私も見て見ようかな、どれどれ?」

 エルもリリーがもつ石版を覗き込んで見ても、どうやら文字は判別できないようだ。俺はふと気になり、見てみるとこれは、一部の者だけが知る文字だった。

「どうしてこれが、ここに……」

 俺は、この書かれている文字を見て驚愕した。ますます、関係性がわからなくなってくる。

「レン知っているの? この文字」

「レンすごいじゃないか! 私にはさっぱりだぞ?」

「ああ。これは、”日本語”という言葉を記した文字だ。俺が悪魔に転生する前の世界の文字だ」

 一体どういうことなのか。

 ”焼印師”のわずかな情報から、ダンジョンに潜って調べると、召喚師の痕跡ばかりが出てきた。もちろん焼印師の痕跡も、わずかにはあった。

 そしてこの部屋には、召喚リングを作っている作業机がある。さらに、本棚にある唯一の情報は石版だけで、そこに書かれている文字は”日本語”という。

 これの意味することは、焼印師は召喚師を隠れ蓑にして活動しており、その当人たちの実体は、日本人だったのだろうか。その者たちは転生なのかまたは、転移してきたのかはまったくわからない。

 俺はその石版に刻まれている懐かしい文字を、意味も考えずしばらく眺めていた。

しおり