20話 ダンジョン百層 封じられた物(5/5)
「寝ていたのか……」
俺は気がつくと、寝ていたようだ。あれはなんだったのか、よくわからない。ひとまず起きようとすると何か人肌で柔らかさを感じていた。視界の先にはエルの顔が見えたのは、俺は膝枕をされていたようだ。
俺の目覚めにエルもリリーも少し、ほっとした様子がうかがえる。
「すまない……。心配かけた」
「大丈夫よ。無事でよかった」
「レン! 心配したんだぞ! ムリは禁物な!」
エルもリリーも口々に思いを伝えてくれた。どこか心地よくさえ感じる。起き上がりもう一度自身の体を見ると人の姿に戻っていた。アレはなんだったのか、声はたしかに聞こえた。あらためて、顎骨指輪をみても今は無言のまま何も言わない。
俺はありのまま一部始終をエルとリリーに伝えると、エルは何か合点いったのかうなずく。リリーは驚きやたら、その指輪しゃべるのか? と興奮気味で話していた。
「……というわけだ。何がきっかけでコイツが急に喋り出して、今はダンマリなのかはわからない」
「そうね。多分だけど、主の危機に呼応して、最善の解決方法を模索したら、あの悪魔化だったんじゃないかしら?」
「なるほど、たしかに俺の本体は異空間にしまったままだ。今の俺では自力で取り出せない」
「それもその指輪は承知ずみで、強引に呼び寄せた。……だからこそ、限定された短い時間だったんじゃないかと思うわ」
「たしかにあの力は切り札にもなるな。悪魔のときよりさらに、数倍力がました状態だったしな。あとは自在に使えれば、……なんだよな」
「そうね。弊害という意味では、結構大変かもしれない。レンあなた、六時間は軽く寝ていたのよ?」
「マジか? あの力使う度に気を失って寝ていたら、かなり深刻だな。使えても早々気楽に使えないな」
「レン大丈夫だ! 私たちを頼ってくれていいんだぞ? これでも半分は解放したからな」
「そうね。リリーのいう通りだわ。もう少し頼ってもらっていいのよ?」
「わかったよ……」
俺はこの頼もしい二人に、素直に頼らせてもらうことにした。先は長い、いつ何が起きるかわからない。それならば、互いを助けていく、それでいいんじゃないかと。そう素直に思えた。
「ありがとな……」
「へ〜。レンが珍しくお礼をいうとはね」
「レン。どんどん言ってくれ! お礼は大歓迎だぞ!』
二人はどこか、嬉しそうにして楽しげにいう。
俺は、ようやく体を起こし、辺りを見回すといまだに残る物があった。
それは、召喚ゲートが残されており、その先からはエルのいた世界の力が流れこんでくる。つまりは、あれは本当のウリエルだった。前の六十層では焼印師の痕跡と、今回の八十層では召喚師の痕跡もあり、何かが起きていたダンジョンなんだろう。これは、召喚師も焼印師と関わりがあるのかもしれないと、考えはじめた。
ゲートについては、一方通行のようでこちらからは突入できない。エルはとくに未練もなく、ゲートを調べ終わるとあっさり破壊した。残しておいても新たにこられてしまうと、また厄介だからだ。ただそうなると、元々ここにいたと思われる階層主はどうなったのか。
それは恐らく、あのゲートと召喚された者が、無理矢理ここの階層を支配下においていた可能性も否めない。その場合、破壊されたことで元に戻るのかまたは、この何も現れない状態が続くかは今後判明するだろう。
俺の体の方は無事回復した。その間にエルとリリーは、交代で休んだから大丈夫とのことだ。
それならばと、続いて次の百層を目指して進んだ。
――数刻後
「いよいよか……」
「いよいよね」
「そうだな! いよいよだ!」
ついにというべきか、それともとうとうなのか、キリのいい百層の階層主部屋前まできた。達成感より、違和感しか今はなかった。
なぜなら、一体だけだからだ。
いつから階層主は、常に一体だけと制限もしくは決まりごとなど、あったのだろうか。二十から八十まで四つの層は単騎だった。この数がこれからもはたして続くのか、疑問がよぎる。そしてそれが嫌な予感ともいうのか、なんだか胸騒ぎがする。
このままでいても目的は果たせないので、やたらと派手なこの黄金色に輝く扉を押し込み開いた。
「……でかいな」
圧倒するほどの背丈が目の前に聳え立つ。それは、女神を象った石造だった。ポツリと真正面中央に一体あるだけで、あとは何もないだだっ広い空間でしかない。ただ周りを見て不気味なのが、四方にあの石造と同等の背丈で壁が膨らんでいるところだ。
エルも何か感じとったのか、呟く。
「レン。これは、ぜんぶで五体いると思って間違いないわ。ただ、どれが本体かは動きを見ないとわからない」
「そうか、やはりな」
「私も今回はわかったぞ! 周りより中央の者の方が、危険な感じだな」
「リリーもそうか、エルは?」
「そうね。今のところ同じよ。ただその周りが、どの程度なのか検討がつかないわ」
状況を確認しているうちに、扉は閉まる。ところが、一触即発かと思いきや、何も起きない。むしろはじめから、何もしないかのように微動だにしなかった。だからと言って、このまま悪戯に時間がすぎても、埒が明かない。それは、連中らを倒さない限り、出口が開かないからだ。
「エル、奴らが反射を持っている可能性もある。何か試せるか?」
「任せて、それならいいのがあるわ」
エルは、魔剣を掲げて叫ぶ。はじめて聞く魔法だ。
「執行者の目、エンジェルアイズ!」
俺たちに降り注いだ金色の粒子は、瞬く間に世界を一変させた。そこに見えたのはおぞましい限りの物だった。石造と思われる内側に恐ろしく何かが蠢いている。他の四方の石柱も同じだ。何もしないように見えて、実は何もできないので、破壊待ちという意味に受け取れる。
「エルこれは、まずいな。一番強力な物を見舞ったのち、俺がダークボルトで殲滅をしてみる。どうだ?」
「そうね。私もいくつか殲滅戦用の物があるの。それも同時に試すわ」
「わかった頼む。リリーは、遠隔射撃がないから、待機だ」
「近接戦闘になったら任せてくれ!」
「ああ。期待している」
「期待されたぞ!』
エルは、魔剣をしまうと今度は、両腕を掲げて叫んだ。
「天使の憤怒! ラース!」
すると天空から、この石造の直径よりひとまわり大きい光の柱が一直線に直撃する。あまりの威力と風圧で吹き飛ばされそうなほどだ。強力すぎたのか、地面深くまで貫通しており熱線で溶けてしまったのか、水蒸気があたりに立ち込める。
まずはこれで一体目は撃破だ。続いて、柱の中に潜む奴らの対処が必要だ。続いてエルは仕掛ける。
「天使の嫉妬! エンヴィー!」
正面の柱に向けて、無数とも思える光の槍が刺さっていく。その刺さったところから、得体のしれない青い液体がこぼれ落ちる。恐らくは、中で蠢いていた何かの体液なんだろう。すべてを穿つまで、間髪入れずにまるで無限と思えるほど、串刺しを続ける。石柱が跡形もなくなるとようやく止まった。
残る柱は三つ。
他のふたつの柱は同様に、エルのエンヴィーにより跡形もなく消し去った。ここまでは比較的順調だ。ただ気になるのは最後の一柱だ。これは他と何かが違う。それはここにいる皆も同じく感じており、恐る恐るといった形で、エルは魔法を切り替えた。
「エンジェルランス!」
汎用性の高いその光のランス一本をその柱に目掛けて、放つ。すると、まったく同じ角度で跳ね返ってきた。やはり、最後のは何かが違う。何度かエルは試す物のどれもどの角度で放っても同じく跳ね返された。
「それなら、俺のダークボルトで試すか」
リスクはそれなりにあったとしても試さないと判別ができない。
「ダークボルト!」
少し距離をとり、俺の手のひらから放たれたソレは、当たる直前石柱が強引とも言える行動にでた。
壁が崩れかろうじて避けた行動に出たのだ。中にいたのは、最初の石造の女神を模した奴とそっくりだった。どうやらこいつが本命のようだ。
避けたと言っても完全にはできず、うまい具合に、右腕の二の腕より下は消失した。焼き入れたので流血はしていない。十メートル近いその女神に似せた何かは、憤怒の表情でこちらをみやる。見たところ、生身の女神となんら変わりなく女神の羽衣も健在だ。本物がいるわけでもなく、似せたなんらかしらの力をもっている可能性は否めない。女神は基本的に魔法反射をもつからだ。ただし、ダークボルトは例外のようだ。
そこでエルは、執行者の剣を。リリーは魔剣をそれぞれ掲げて突撃をする。
エルは天空から上半身を切り刻み、リリーは下半身を狙い切り刻む。俺は合間を見て、掌底でのダークボルトを放つため、接近する。
奴は、俺を危険視しているのか近寄ると途端に、極端なほど避けようとする。その先にはエルがタイミングよく斬撃を水平に繰り出す。それをなんらかしらの魔法障壁で防ぐ。ところが素早い切り返しで、斬撃を再度切り込む。肉薄するほどの接戦を繰り広げている合間に、リリーは下側から足首を狙い中断から振り下ろす。
足までは対処できなかったのか、足の甲に突き刺さり銀色の血が溢れ出す。リリーは、そのまま切り裂くことはできずに、一旦後退していく。すると、縫うようにして俺が、膝に肉薄して放つ。
「ダークボルト!』
掌底で送りだしたソレは、瞬時に体を駆け上がったかと思うと、自ら神力をおびた手刀で足を切断して難を逃れる。失った足の代わりは即時、根本から再生がされる物の消費は激しい様子だ。途端に動きが緩慢になったように見え、エルとリリーの斬撃に防戦一方だ。
対魔法防御が著しく落ちたところを見計らい、エルは再び行う。
「執行者の炎! インフェルノ!」
魔剣の切先から地獄の業火が上半身に水平に降り注ぐ。焼かれる上半身は、獣のような叫びが激しさを物語る。俺は、この瞬間を見逃さすに食わせる。
「ダークボルト!」
再度、再生したばかりの足にインパクトを当てた瞬間、一瞬全身が膨れ上がったかと思うと背中が爆裂し、臓物が吹き出した。
仰向けに倒れゆく偽の女神を、俺たちは見送る。その時、最後の最後で奴はあがき、指先から何かを放つとそれは、リリーに直撃した。
大量の吐血をして倒れていくリリーに、俺は必死に走って手を伸ばした。
「リリー!」
リリーは俺を見つめ、何も答えない……。
「リリーー!」