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19話 ダンジョン八十層 天使降臨(4/5)

――八十層までまもなくだ。

 あれから、次の階層に向けて歩み出した。残念ながら今回も宝箱はなしだ。恐らくは、無作為にあるなしが選ばれて、ある場合のみ現れるのかもしれない。こればかりは運としかいいようがなく、次があるさとリリーを鼓舞しながら、階層を渡る。

 八十層までの道のりはひどく平坦で、障害物が遠くにしか見当たらないただの草原だった。何か勘違いしてしまいそうになるほど、のどかな雰囲気が続く。時おり見かける魔獣たちは、それこそ穏やかな顔で疑似太陽の光を浴びながら、群れを作り眠っている。まるで、眠りにきているかのようにすら見える。

 いわゆる魔獣たちのためにある、長距離移動のためにあるパーキングエリアのようだ。

 こんな穏やかな状態を過ごしていると、こちらまで気が抜けてしまう。移動中で戦闘がないなら、それはそれで、いいかもしれないとも思いはじめていた。いつになく、エルもリリーもリラックスした表情だからだ。

 そんな状態が続きながら、前回同様に八十層の扉の前にきた。今度は銀色の金属質に見える扉だ。準備をすることもないため、そのまま押し込むように扉を開ける。

 視界の先には、すでに”何か”がいた。

 するとこちらを見つけた奴は、エルのような人型の天使で宙を浮いて、こちらを出迎えた。先のリーナ似の悪魔と異なり、細部の装飾などからオリジナルの天使にも見える。エルと比較しても遜色はないぐらい、存在感を示している。次から次へと俺に関係する者が現れてくるのは、どうにも作為的な物を感じてしまう。

 エルの様子をみると凝視したままだ。何かを知っているような素振りすら見せている。

「どうした? もしや知っている奴に似ているのか?」

「アレが私の予想通りなら、この戦い苦戦するかもしれない」

「どんな奴なんだ?」

「神の光で神の炎、その名はウリエルだ。天使同士だと天使結界もあまり役には立たない」

 すると不意に右腕を頭上に掲げると力強くいう。

「ライトボルト!」

 光の稲妻が、俺の横スレスレを通過して地面を抉る。その力を放つ天使は、エルと比較すれば幼い顔つきをしているし、見た目はかなりの美少女だ。その顔つきで、加虐的な笑みを向ると、神力を模倣し放つ。

「ライトボルト! ライトボルト! ライトボルト!……」

 リリーは辛うじて魔剣が、避雷針代わりとなり、防いでいる。俺とエルは回避を繰り返してばかりいる。ところが、奴は正確に狙えないのかそれとも遊んでいるのか、ギリギリの位置を打ち込んでくる。あの表情をみる限り後者で、単に遊んでいやがる。
 
 エルは魔剣を召喚して、対抗していく。魔剣を中断に構えると、発動させた。

「執行者の血! ブラッドレイン」

「ギャー!」

 打ち付ける血が一部体を貫通し、奴は損傷しはじめた。白い羽で全身を多い防御一方になる。

 それも回避不能の血の雨だ。そうするより他に手段はないだろう。俺たちには何も影響がないようにしてくれており、敵対する天使には、かなりのダメージを与えた様子が見受けられる。これを機会に、俺も先のお見舞いにくらわす。

「ダークボルト!』

 今度は俺の出番だ。黒い雷が宙を縦横無尽に駆け巡り奴に直撃をする。肩口から直撃して腕が根こそぎ吹き飛ぶ。流す血はどういうわけか、銀色の血に見える。俺は構わず、もう一度放つと同時にエルも最大の奴を見舞う。

「ダークボルト!」

「執行者の雷!」

 互いに同じ雷だ。俺のは黒く鋭い姿をみせ、宙を自在に駆け抜けるところをエルは、天空から直線的に振り落とす感覚だ。つまりは水平方向と垂直方向の二箇所から、攻撃が仕掛けられる。

「グァァー!」

 俺はこれで、終わったと思っていた。ところが、それは俺だった。奴の雄叫びのあと、瞬時に間合いを詰められて、手刀で左胸を貫かれしまう。

「グハッ!」

 俺は、大量の血を吐血した。

 奴は、後方に回避して間合いをとる。まだ奴の方が少しは、余裕がありそうな顔つきをしていやがる。

「レン!」

「レン!」

 エルとリリーの声が痛いほどに頭に響く。エルは手を休めずに執行者の力を使い今回はじめて、あの剣で近接戦に挑んでいる姿が見える。

 俺はエルが駆け出す少し前の瞬間に、大丈夫だとメッセージを送っている。それもあってエルは勢いをつけ、こちらに来させないよう攻め込んでいる様子に見える。あの剣捌きは恐ろしく速く、すざまじい力強さだ。あの細腕のどこに、そんな力があるのかと思うほどだ。

 この時、脳裏に何かが”きた”。それは、遠く悲しい記憶を思い出させようとしているのか。誰の仕業なのか、わからない。こめかみが痛むとさらに、あの顎骨指輪が蠢く。何を言っているのか、聞き取れない。そうこうしているうちに、俺の傷口は塞がる。悪魔から転生して、人の体を悪魔よりに作り替えているからこそできる技だ。

 傷は癒えているにもかかわらず、まだ声が響く。なんだ? 何を言っているんだ。こうしている合間にもエルの斬撃と猛攻は、止まらない。天使ウリエルは、あまりの鬼神に迫る気迫に気圧されたか防戦一方で、最初の勢いはすでに衰えている。あのどこかおっとりした感じにも見えるエルが、ここまで激情を見せるのは、俺が心配させすぎたようだ。

 不甲斐なさを感じつつも、俺自身は別の異変に翻弄されていた。

 リリーは俺の前面出て、中断で魔剣を構えたまま、守るようにして動かない。鳴らないはずの心臓が、大きく高鳴った気がした。

ーーなんだ!

 ドクンとさらに合間をおいて、もう一度鳴る。

ーー何が起きるんだ?

 そう、何かが起きる予感はしていた。俺の視界が一瞬混濁したかと思うと、何かが一瞬で切り替わり、どこか懐かしさがこみあげてきた。すると、再び聞こえた声は、ハッキリと聞こえてくる。

「叫べ、汝の力再来する。叫べ”ヴォルテックス”と」

「何を……言っているんだ?」

 俺は、誰にいうわけでもなく声の主に返した。それに答えるように再び頭の中で響き渡る。

「叫べ”ヴォルテックス”と。汝の力いざなわん」

「ヴォルテックス……だと?」

 その言葉を吐いた瞬間、全身に何か雷撃を打ち込んだような痛みとしびれが走る。視界は激しく明滅して、倒れるのではないかという思いだ。

「時間は百二十秒だ……。使いこなせてみせよ」

 脳内で響く声は俺を鼓舞する。ふと自身の手をみやると、悪魔の時だった物に変わっていた。

「レン……。それは一体?」

 リリーがかなり驚いた表情で見つめている。それは天使ウリエルもエルも同時に、戦闘そっちのけでこちらをみる。どういう分かわからないけど、妙に頭の中がスッキリしている。しかもめちゃくちゃ体を動かしたく、ウリエルですら最も簡単に屠れそうな気がしてならない。

 目があったと思った瞬間、俺はすでにウリエルの懐にいた。そのまま手のひらをあてて叫ぶ。

「ダークボルト!」

 次の瞬間、まるで十字架に貼り付けされたような体勢になり、両腕を水平に広げて、足は垂直に直立の姿勢になる。その状態で全身に内側からダークボルトが縦横無尽に焼き切り、最後に背後から臓物と共に吹き出す。

 どこか物足りなさを感じながらも俺は奴をみる。すると、驚愕した表情のままウリエルはこときれていた。

 エルは心配そうに、こちらをみる

「レン……。その姿は一体?」

 俺はあらためて、自身の体を見回した。いつもの人の姿形ではなく、完全に悪魔になっていた。しかも悪魔のころよりさらに、数倍力のました感じがこみ上げてくる。ただ体は、紛れもない自分の体だとわかる。理由は、脇腹の古傷が同じ場所にあったからだ。とすると、異空間にしまってあった俺の体が、何かの拍子に引っ張り出せたのだろうか。

 考えている間もなく、脳裏にまた声がよぎる。

「時間だ……。覚悟しろ」

「何?」

 その言葉を合図に俺は再び、雷撃に打たれたような内側を焼かれるような痛みと全身の隅々まで響く痺れに襲われてしまう。立つこともままならず、俺は膝をついてしまうとエルはそっと背中を撫でてくれた。

「ムリしすぎないで……」

 その言葉を最後に、俺は視界が暗転した。

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